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音楽家を苦しめた神経疾患[炉辺閑話]

No.5045 (2021年01月02日発行) P.78

井口正寛 (福島県立医科大学脳神経内科)

登録日: 2021-01-03

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私はヴァイオリンを弾くこともあって、音楽家の病跡学を医学生時代からの趣味としている。脳神経内科医となり気づいたのは、音楽家に神経疾患が少なくないこと、それが音楽家に大きな影響を与えうるということだ。

有名なのが、若くして右手のジストニアを患ったロベルト・シューマンである。演奏家時代のシューマンが作曲したトッカータ作品7は、彼が罹患していた右第3指をほとんど使わずに演奏可能であり、ひょっとすると疾患の影響を受けた作品と言えるかもしれない。最終的に、彼は演奏家としての道を断念せざるをえなかったが、作曲家に転向したことで、より多くの傑作を世に残した。なお、右手のジストニアのピアニストには、左手のみでの演奏を長年続け、治療の末にジストニアを克服できたレオン・フライシャーのような例もある。

リヒャルト・ワーグナーの片頭痛も、作品に影響を与えた可能性が指摘されている。ワーグナーは、若い頃から音過敏、光過敏を伴う寝込むような頭痛発作に苦しめられた。2013年のBMJクリスマス特集号に掲載された論文には、ワーグナーのオペラ「ジークフリート」に片頭痛を思わせる描写が登場することが示されている。

モーリス・ラヴェルは、神経変性疾患である原発性進行性失語症に罹患し、言語や音楽の表出が困難になってしまった。ラヴェルは、頭の中にある音楽を五線紙にやっとの思いで写しながら、「ボレロ」、「ピアノ協奏曲ト長調」といった名曲を生み出していった。疾患が彼の音楽にどのような影響を与えたかは定かではないが、表出の障害が作曲の大きな足かせとなっていたことは間違いない。

そのほか、世界的チェリストのジャクリーヌ・デュ・プレは多発性硬化症、大作曲家ジョージ・ガーシュウィンは脳腫瘍のため、それぞれ音楽家としての全盛期に音楽のみならず生命をも奪われてしまった。

このように、多くの音楽家が神経疾患に苦しんできた。しかし、彼らの生み出す音楽は、美しさに溢れ、こうした苦しみを微塵も感じさせることはない。


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