No.5086 (2021年10月16日発行) P.63
今 明秀 (八戸市立市民病院院長)
登録日: 2021-10-07
最終更新日: 2021-10-07
リハビリ病院からの転院依頼だった。実はその患者、前日に隣町の総合病院からリハビリ目的に紹介転院してきたばかり。ERに着いた男性は、頸動脈は触れるが、橈骨では触れない。心拍数130。下顎呼吸。痛み刺激に開眼しない。高齢者のショックは、原因が心筋梗塞か敗血症だ。12誘導心電図は正常だ。腹部に圧痛がある。尿は出ていない。敗血症の確率が上がる。急速輸液しながら気管挿管する。造影CTを行うと小腸と大腸の広範囲な壊死だった。APACHE Ⅱ scoreと言う計算式では88%死亡だった。前日に総合病院を退院したばかり。総合病院で前兆はなかったのか。
死亡率は100%ではない。手術をやってみようか。1回目は、切り取るだけで30分以内にする。ICUで状態を持ちあげてから翌日以降に2回目で追加切除と腸吻合をするダメージコントロール手術だ。高齢男性が手術室に入る廊下で、私は患者のストレッチャーを一旦止めた。今生の別れになるかもしれないと悟った家族が大勢寄ってきた。「おじいちゃん、負けないで」「お父さん、がんばって」「大丈夫だよ」。驚くべきことに、家族の声に患者は頷いた。この患者は助けなければならない。先ほどまで、勝算が低い手術と思っていた私だったが、胸が高鳴った。
手術照明でまぶしい部屋に患者は入っていった。予想より重症だった。生きていた小腸は15%のみ。2m50cmを切り取った。大腸も50%は腐っていた。一気に切除し、腹壁は閉創せず、透明シールで覆う。腸を切除し終わると、血圧が上がりはじめた。
集中治療の技術なのか、患者の生命力か、翌日まで命はつながった。午後から2回目の手術を行った。そして、10日後、患者は、笑い、話し、水を飲む。「生きていてよかったですね」「ありがとうございます」。
普通の腹部手術は、腸切除と吻合と閉腹がセットで、最重症の患者は現病の重症度と手術侵襲で命を落とす。アシドーシス、低体温、凝固障害を死の三徴と言い、これらがある場合に救命手段として①緊急簡略手術、②ICU管理、③翌日以降の2回目の計画手術の3段階を行う。これをダメージコントロールと言う。
どういう患者が助かり、どこまでだと失う。そこに境界を引くのは困難。だが、あきらめてはすべて終わり。ダメージコントロール手術を行うことで救命のチャンスができる。ここは救命救急センター。患者を救うための。
今 明秀(八戸市立市民病院院長)[救急医療]