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旅行者血栓症の予防へ[先生、ご存知ですか(46)]

No.5092 (2021年11月27日発行) P.65

一杉正仁 (滋賀医科大学社会医学講座教授)

登録日: 2021-11-28

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突然死もありうる肺動脈血栓塞栓症

近年は造影CTなどの検査が手軽にできるようになり、肺動脈血栓塞栓症の診断が比較的容易にできるようになりました。血管を詰まらせる血液凝塊を血栓とよび、血栓ができたことで生じる病態を血栓症と呼びます。
静脈の血栓症は主に血液凝固因子の病的な活性化によって生じますが、下肢の深部静脈で圧倒的に発生頻度が高いです。この血栓が血流にのって右心系に入り、そして、肺動脈に嵌頓して閉塞する病態を肺動脈血栓塞栓症と呼びます。肺動脈血栓塞栓症は突然死をきたす疾患であり、その予防こそが重要な課題となっています。

長時間の座位が危険

下肢静脈血栓症の危険因子として、長時間の座位が挙げられます。これは、足が心臓の高さから約1m低い位置にあり、下肢を動かさないことで静脈還流が阻害され、血流のうっ滞が生じることによります。

私たちは2時間の安静座位前後における足の静脈血液粘度を調べました。その結果、足の血液粘度が17%有意に上昇しており、座位後には下腿周囲径は増加し、下腿から足にかけて赤く腫脹していました。このように、安静座位では下腿から足にかけての血液流動性が阻害されて易血栓形成傾向になることが分かりました。

いわゆるエコノミークラス症候群

1977年にSymingtonらが旅行に関連した肺動脈血栓塞栓症を報告し、飛行機旅行に関連した症例をエコノミークラス症候群と呼びました。狭いエコノミークラスの空間で足を十分に伸展できないことから、この名称が受け入れられるようになったのです。

しかし、飛行機内だけではなく日常生活環境下でも本症が生じており、さらに、交通機関利用者に限っても、飛行機のビジネスクラスやファーストクラス利用者、バス、列車および船舶の旅客にも発生しています。この点が考慮され、“旅行者血栓症”の名称を用いることが提言されました。

特に身近である自動車に乗車するときを考えてみます。フランスで、静脈血栓症を発症した患者の旅行歴を調べたところ、旅行の手段では自動車が71.8%と最も多く、飛行機が23.1%、列車が5.1%と続きました。また、イギリスで行われた調査によると、静脈血栓症の発症に関与した交通手段として飛行機が59.6%と最も多く、以下列車が42%、自動車(バスを含む)が36.2%でした。

したがって、長距離のバス旅行など自動車乗車中の静脈血栓症発症予防に目を向ける必要があるようです。

予防のために

血栓症の危険因子を有する人、すなわち、肥満や糖尿病などの生活習慣病患者、心疾患、外傷、血栓症あるいは手術の既往がある人などは、特に予防に留意する必要があります。危険因子を有する人は、休憩をとらずに長時間続けて自動車に乗車することを避けるべきでしょう。また、こまめに足を動かし静脈還流を良好に保つこと、脱水を予防し、十分な水分摂取を心がけることが重要です。

コロナ禍の終息とともに、旅行者が増加すると思います。患者さんへのタイムリーなアドバイスになりそうです。

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