No.5096 (2021年12月25日発行) P.65
今 明秀 (八戸市立市民病院院長)
登録日: 2021-12-03
最終更新日: 2021-12-03
20代女性、前回の分娩は帝王切開であった。今回の妊娠は帝王切開瘢痕部妊娠となり、同部からの出血が始まった。輸血を続けてもヘモグロビン7g/dLより上昇せず、血圧80/60mmHg、脈拍130、顔面蒼白でショックは遷延した。救命のために子宮全摘も考慮されたが、今後の挙児希望があり緊急子宮動脈塞栓術が選択された。血管造影室へ移動し、腹部大動脈造影をしたところ、右子宮動脈に造影剤血管外漏出像を認めた。親カテーテルの中に子カテーテルを通して選択的に子宮動脈にカニュレーションし、ゼラチンスポンジで両側子宮動脈を塞栓した。直後より循環は落ち着き、止血することができた。産科病棟でメトトレキサートが投与され塞栓後1週間で退院した。
産科領域における大量出血には常位胎盤早期剝離、弛緩出血、異所性妊娠などが挙げられ、時に妊産婦が死亡する痛ましい事故が起きている。動脈塞栓術は外傷による出血、腫瘍、動脈瘤などからの出血のほかに産科出血も主な対象だ。手術と比べて、身体に及ぼす影響は軽く、止血成功後の入院期間も短く済むこと、子宮を温存できる可能性が高いことも利点として挙げられる。個々のケースについて、他の治療法と比較検討し、塞栓術がより有効で安全と判断した場合に行う。動脈塞栓術による臨床的成功率は90%、止血できず子宮摘出に至った率は8%と報告がある。
生命を脅かす出血に対する塞栓術は1970年代に発表され、上腹部消化管(Katzen、1975)、骨盤骨折(Ring、1973)、骨盤悪性疾患(Miller、1976)、そして1979年Brownが子宮動脈塞栓術について報告した。産科出血に対しては1997年Duboisが内腸骨動脈の動脈塞栓術について発表している。
動脈塞栓術を含めたinterventional radiology(IVR)は今後も医療工学の発達を受け促進していくものと考えられる。今までは不可能であった治療を可能としたり、侵襲を低く抑えることを可能としたり、限られた医師にしかできなかった治療を容易にさせ、広く一般の医療現場で実施可能な手技になっていくと考えられる。IVRは生命の維持・向上に役立つ重要な治療法であり、我々がこのIVR手技を現在の治療の枠組みにいかに取り入れていくかが重要な課題と考えられる。過去に産科出血性ショックで絶命した人がいた。命が繋がっても子宮を失いその後に挙児が叶わなかった女性が大勢いた。今はその悲しみを減らすことができる。
今 明秀(八戸市立市民病院院長)[救急医療]