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【識者の眼】「患者の権利法の制定が求められている」西 智弘

No.5140 (2022年10月29日発行) P.53

西 智弘 (川崎市立井田病院腫瘍内科/緩和ケア内科)

登録日: 2022-10-06

最終更新日: 2022-10-06

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医療の現場では往々にして

「患者であるあなたが希望しても、そのような治療方針は医師の私は受け入れかねます」

「1分1秒でも長く生きるのが家族の願いなの。お願いだから先生の言うこと聞いて?」

など、医師や家族などの周囲がいとも簡単に患者の自己決定を覆そうとする事態に遭遇する。そこではまるで、「患者の自己決定」と「正当な医療行為」そして「家族の感情」が同等の重さを持つもののように天秤にかけられている。仮にその秤によって、「正当な医療行為」が「患者の自己決定」をくじいたとしても、罰則も何もないのが現状である。

この状況を打破するために「患者の権利法」の制定を求める声がある。どのような医療を受けるかについての決定権は、拒否する権利を含めて、患者に帰属するものとして保障されなければならないことを法的に保証すべきだという考えだ。

「患者の権利法」は既に様々な形で世界各国で制定されている。代表的なものとしては、スウェーデンの保健医療サービス信頼委員会法(1980年)、フィンランドの患者傷害法(1986年)、英国の保健記録アクセス法(1990年)など。1991年には、英国にて最初の患者憲章が制定され、1992年には初めての独立した患者の権利法がフィンランドで誕生しており、その後もアイスランド、デンマーク、ノルウェーなど各国で、患者の権利法の制定が続いてきている。

この流れを受けて、日本では1984年に患者の権利宣言全国起草委員会による「患者の権利宣言案」、1990年に日本医師会による「『説明と同意』についての報告」がまとめられ、1991年に日本生活協同組合連合会医療部会が「患者の権利章典」、また患者の権利法をつくる会が「患者の諸権利を定める法律要綱案」を取りまとめている。そして、ついに1997年には医療法が改正され、「医師、歯科医師、薬剤師、看護師その他の医療の担い手は、医療を提供するに当たり、適切な説明を行い、医療を受ける者の理解を得るよう努めなければならない」、つまり「インフォームドコンセント」が法的に明文化された歴史がある。

しかし未だ、日本においては「患者の権利法」は成立していない。2010年に、日本医師会医事法関係検討委員会がその答申として「患者をめぐる法的諸問題について─医療基本法のあり方を中心として」を取りまとめ、公表したが、この中では「患者の権利法」ではなく「医療基本法」の制定をまずめざすべきとされている。そして、医療基本法とは規範を示すための法であり、罰則規定を設ける性質のものではないことも示されている。

現代の複雑化した医療コミュニケーション、特に緩和ケアの現場のような「答えのない」現場においては、医師と家族、患者の権力勾配が不適切になる例は散見される。このような状況において、患者の権利をより法的に保証する必要性が求められているのも頷ける部分があるのではないだろうか。

西 智弘(川崎市立井田病院腫瘍内科/緩和ケア内科)[医師と家族、患者の権力勾配]

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