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【識者の眼】「天然痘(痘瘡)対策とヒトサル痘」西條政幸

No.5142 (2022年11月12日発行) P.59

西條政幸 (札幌市保健福祉局・保健所医療政策担当部長、国立感染症研究所名誉所員)

登録日: 2022-10-26

最終更新日: 2022-10-26

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先月の本欄(No.5139)に続き、今月もヒトサル痘の流行状況とヒトサル痘に対するワクチンや抗ウイルス薬開発の経緯について紹介したい。

米国CDCの報告によると、2022年10月24日の時点で世界全体で7万5000人を超えるヒトサル痘患者が報告されている(https://www.cdc.gov/poxvirus/monkeypox/response/2022/world-map.html)。米国だけで2万8000人超の患者が、EUでは2022年10月18日の時点で2万人超の患者が報告されている(https://www.ecdc.europa.eu/en/news-events/monkeypox-situation-update)。幸い、米国においてもEUにおいても、ヒトサル痘患者数は着実に減少している。米国ではヒトサル痘感染のリスクのある患者で希望する者に、ヒトサル痘の予防に有効なMVAワクチン(安全性が担保された第3世代の痘瘡ワクチン)接種を受ける機会を提供している。米国ではMVAワクチンを少なくとも1回でも接種した方は95万人を超えている。ヒトサル痘患者報告数(発生数)の減少は、MVAワクチン接種の機会を国民に迅速に提供する政策によるところが大きいと考えられる。

私は世界保健機関が設置する痘瘡ウイルス研究のあり方に関する専門家会議(Advisory Committee for Variola Virus Research:ACVVR)にオブザーバーとしてこの10年間ほど関わってきた。この会議では、痘瘡ウイルスを用いて行われる研究申請を審査し、その要否を判断し、必要な研究と判断されれば許可し、研究の進捗の報告を受けたり、米国CDCやロシアのVECTORと呼ばれる研究機関に保管されている痘瘡ウイルスの保管状況を確認する、などの活動がなされている。

ACVVRでは、痘瘡(天然痘)に対するワクチン製剤開発(MVAやLC16m8)や抗ウイルス薬開発に関する研究と、それらの動物モデルにおける研究成果が報告されてきた。米国Siga Technologies社で開発されたTecovirimat(ST-246)が痘瘡ウイルスやサル痘ウイルスに抗ウイルス活性を有し、動物モデルでその有効性が示唆され、欧米の一部の国では将来起こる可能性のあるバイオテロに備えて使用が認可されていた。日本では痘瘡ウイルスが用いられるバイオテロに備えてLC16m8が生産・備蓄されている。

痘瘡が根絶されていることを考慮すると、痘瘡ワクチンや痘瘡に対する抗ウイルス薬開発は不要とも考えられるが、国際社会はそのバイオテロのリスクに備えていた。このことがヒトサル痘対応を迅速で適切なものにすることを可能としたと考えられる。何が幸いするか分からない。今後は、アフリカの流行地域で第3世代の痘瘡ワクチン接種を推進するなどして、流行地でのヒトサル痘対策が実施されることが期待される。その対策により、流行地でヒトサル痘流行が抑制されるだけでなく、再びヒトサル痘が非流行地で流行するリスクを低減させることに繋がる。地域での感染症対策は、国際的感染症対策に繋がるのである。

西條政幸(札幌市保健福祉局・保健所医療政策担当部長、国立感染症研究所名誉所員)[国際的感染症対策]

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