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【識者の眼】「非感染性・慢性疾患の疫学者が語る『文科省、薬害問題に対する取組』のみかた」鈴木貞夫

No.5149 (2022年12月31日発行) P.58

鈴木貞夫 (名古屋市立大学大学院医学研究科公衆衛生学分野教授)

登録日: 2022-11-29

最終更新日: 2022-11-29

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全国大学の医療系学部において、薬害教育を取り入れる動きが定着しており、文部科学省が毎年、「薬害問題に対する取組状況調査報告」としてまとめている。今年度の取組についてまとめた通知文1)に、大学へは、「学生だけでなく教職員を含め、薬害被害にあわれた方の意見・体験等を直接聞く機会を設け」「適切な医療倫理・人権学習等の授業や、複数回にわたり様々な薬害被害者の声を聞き、再発防止について議論をする授業等を積極的に実施」などの要望が記載されている。

今回、この薬害リストにHPVワクチンが入っていることが明らかになり、問題となっている。BuzzFeed Japan Medicalの取材に対し、文科省の医学教育課は「厚労省からもHPVワクチン接種後の症状は薬害ではないと確認した」と答えたとある2)が、省庁間の認識の齟齬や連絡の不徹底ぶりが露呈した形だ。ただ、厚生労働省がHPVワクチン接種を積極的に勧めるようになったここ1年の動き3)に対して、文科省が主体的、迅速に対応するのは難しかったのかもしれない。

問題の根底には、省庁間に薬害問題の認識の齟齬があるように思う。文科省からの通知には、全国薬害被害者団体連絡協議会と薬害問題に関する意見交換をしている旨記載があるが、協議会の12加盟団体に、スモン、HIV、サリドマイドなど、薬害が確立しているものの関係団体に交じって、HPVワクチン薬害訴訟全国原告団が入っている。薬害問題は、因果関係の有無を第一義的に考えるべきであって、協議会の要望をそのまま横流しするような態度で臨むのはよくない。

効果にせよ安全性にせよ、判定に必要なのはエビデンスとなる因果関係であり、個々のエピソードではない。たとえば、同じ裁判であっても、HIV訴訟では因果関係が明白であったため、関係そのものが裁判の論点になることはなく、個々のエピソードの責任はすべて国や企業のものとして問われた。しかし、因果関係そのものが論点であるHPVワクチン裁判において、判断材料はエビデンスであり、エピソードではない。HPVワクチンの効果や安全性については、積極的勧奨の中止期間にエビデンスの集積があり、勧奨再開に問題なしというのが、厚労省の判断だったはずで、「来年度以降、誤解を招かないように、全国薬害被害者団体連絡協議会の要望書を添付しない対応も含めて検討したい」という文科省の取材への回答をきちんと確認したい。

【文献】

1)文部科学省:医学部、歯学部、薬学部、看護学部等における薬害問題に対する取組状況調査結果について(通知).(2022年9月5日).

   https://www.mext.go.jp/content/20220921-mxt_igaku-100001063_1.pdf

2)BuzzFeed:文科省、HPVワクチンを「薬害」とする被害者団体の要望で「薬害授業」を推進.(2022年10月31日).

   https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/hpvv-mext

3)厚生労働省健康局長:ヒトパピローマウイルス感染症に係る定期接種の今後の対応について.(2021年11月26日).

   https://www.mhlw.go.jp/content/000875155.pdf

鈴木貞夫(名古屋市立大学大学院医学研究科公衆衛生学分野教授)[HPVワクチン]

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