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海外と日本におけるEBMの解釈─その相違を読み解く [J-CLEAR通信(60)]

No.4785 (2016年01月09日発行) P.36

後藤信哉 (東海大学医学部内科学系循環器内科学教授,J-CLEAR副理事長)

登録日: 2016-09-08

最終更新日: 2017-01-31

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  • 患者集団を対象とする科学と個別患者を対象とする医療─EBMの限界

    人体は,きわめて複雑精妙な調節系である。分子生物学の進歩により,ヒトの設計図としての遺伝子と蛋白質の関係は,構成論的理解に至った。しかし,遺伝子発現や蛋白質構造機能は時間とともに動的に変化する。人体の機能調節に寄与する物質の種類は無数であり,動的濃度変化の詳細もわからない。本態のわからない人体に対して介入を行う医学・医療の理論化は不十分である。人体を構成するナノメートルスケールの分子に対して薬剤介入を行った結果を予測する理論は存在しない。マイクロメートルスケールの細胞の応答,メートルスケールの臓器全身の応答は,それぞれ103ずつスケールが異なるため,物理・化学の基本原則すら異なる可能性がある。

    臨床医は科学的原理のない世界においても患者に対する。「時に癒し,しばしば和らげ,常に慰む」とは至言である。実際,臨床医の対応により患者の苦痛が著しく減弱する場合が多いことを臨床医は経験的に感得している。

    極論すれば,臨床医の存在自体が「プラセボ効果」を生む。個別の医師─患者関係のみが医療であれば,万人に普遍的な「科学」は必ずしも必要ない。個別の患者が個別の医師に満足すれば医療として完結できる。しかし,医療技術が進歩して,医療は個別の医師─患者関係のみではなくなった。

    その原因の1つとして,医療関連産業が拡大して,医療費がわが国のみでも40兆円超と巨額になったことがある。相互扶助の精神から医療にかかる経費が,患者個人の支出に限局されない公的部門であることは世界の共通認識である。国家による税金の使途が,国民の代表である国会で精査されるように,公的資金の投入を受ける医療の世界も透明化されるべきとの議論が生まれた。わが国でも,処方権を持つ医師は公的資金を特定企業に振りわける存在になりうるとの理解から,医師と利益企業の経済的関係の開示を求める「企業活動と医療機関等の関係の透明性ガイドライン」が策定された。公的資金を使う以上,使途を透明化せよ,との流れは世界共通である。公的資金の受け手は医師のみではない。むしろ大きな公的資金を使用し,内部留保を蓄積し,国内外の株主に分配している製薬企業,医療デバイスメーカーの資金の流れの詳細も,公的資金の負担者である国民に開示されるべきとの議論が起こるであろう。

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