昨年、障害者権利条約に基づく国際連合障害者権利委員会による日本の条約実施状況に関する所見が公表された。この条約は国連で2006年に議決され、日本は2014年に批准した。締約国は条約の履行状況を報告する義務があり、建設的対話を経て同委員会から所見が出される。
日本は批准前に、障害者基本法改正(2011)や障害者差別解消法制定(2013)で「社会モデル」を導入した。社会モデルでは、健常者のみを想定した制度や設備等によって障害者が疎外されることを「社会的障壁」とし、障害があっても社会参加や権利行使を健常者並みにできるように社会的障壁をなくし、健常者と同等の活動・参加を保障しようとする。聴覚障害者等のための手話や文字による電話リレーサービス(2020)はその例である。「社会モデル」と並んで「医学モデル」という手法もある。これは障害による困難を本人に対する治療やリハビリ等で軽減することで、健常者のみを想定した環境に対応できるようにするものである。
今回の委員会所見で注目されるのは、制度面のみならず、社会の差別的考え方を助長しないような法的責任の確保も求めていることである。たとえば津久井やまゆり園事件(2016)の背景として、社会に差別や優生思想が根強くあるからだとして、これへの対応を政府に求めている。障害者権利条約では障害者が健常者と一緒に生活・参加するインクルージョンを求めているが、日本では特別支援学校や障害者入所施設(コロニー)など、障害児・者を健常者から分離することが制度化されている。これは障害者の人権を制限し、社会の不寛容を助長する可能性が指摘されている。
医師の視点に立つと、治療やリハビリで障害による問題が減るのは良いことだとつい思いがちだが、これは医学モデルであり、障害者への負担が過大になることもある。医学モデルと社会モデルの選択権は障害者にあることに留意して、十分な情報が提供されるべきである。一方、健康維持に関する医療を受けることは生存権の行使であり、一般の医療機関においても障害によるアクセス障壁を低減する努力が求められる。
【参考】
▶外務省:障害者の権利に関する条約(略称:障害者権利条約).
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jinken/index_shogaisha.html
▶DINF:新ノーマライゼーション. 2022年12月号.
https://www.dinf.ne.jp/d/4/365.html
森 浩一(国立障害者リハビリテーションセンター総長)[障害者権利条約][社会モデル]