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【識者の眼】「新しいイノベーションに対して多面的な価値評価とともに、財政影響、RWDによる検討も」坂巻弘之

No.5192 (2023年10月28日発行) P.58

坂巻弘之 (神奈川県立保健福祉大学大学院ヘルスイノベーション研究科教授)

登録日: 2023-10-10

最終更新日: 2023-10-10

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アルツハイマー病(AD)の進行を遅らせる治療薬レカネマブ(商品名:レケンビ®点滴静注)が9月25日に承認された。レカネマブは、米国では2023年1月に迅速承認され、7月には正式承認となって年間2万6500ドルに価格設定されている。日本円では約366万円となり、この価格で5万人が治療を受けるとすると市場規模は1500億円を超えることになり、中医協では、早い段階から高額薬剤の薬価収載に関する論点が議論されている。

レカネマブは、グローバル臨床試験において投与18カ月時点でプラセボ投与群と比較して27%の悪化抑制効果を示している。ただし、医療経済評価の観点からみると、認知症の重症度による医療費の差異はそれほど大きなものではない。重症予防による経済的効果は、むしろ介護費や介護に関わる家族の負担感・労働生産性への影響が大きく、レカネマブのイノベーションを適切に評価する上で、医療費への影響だけでは価値評価は不十分である。

米国の非営利組織「臨床経済評価研究所」はレカネマブの医療技術評価を実施し、本年3月のエビデンスレポートに続き、4月に最終政策提言を公表している。政策提言においては、メーカーを含め、支払者、医療システム、臨床医と専門学会、患者支援団体等に対してそれぞれの立場での行動を求めている。同研究所の医療経済評価は、メディケア価格決定前のものであるが、「サポーティブケア」単独に比べ、レカネマブ上乗せは、さまざまな不確実性もあり、「有望であるが結論は出ない」としている。一方、政策提言では、「レカネマブの臨床的ベネフィットを認知機能低下の遅延として正確に表現し、認知機能や機能的パフォーマンスを改善することは示されていないことを明確にすべき」としている。研究所の政策提言については、健康格差への影響の対処、認知症ケアへのアクセス向上への投資、投与患者の適確性判断をはじめ、医療システムの異なる米国であっても参考とすべき点が多い。

治療対象患者の選択においては、アミロイドβ病理検査のためのPETや脳脊髄液検査などの高額な検査が必要になる。検査の保険償還については今後の議論になるが、結果的にレカネマブ投与対象とならなかった患者の検査費用も多額になる。ほかにもさまざまな医療費、介護費が新たに発生することが懸念される。サポーティブケアの費用は(重症度が悪化しなければ)増加しないが、減少するわけではない。もちろん、レカネマブ投与患者も引き続き介護サービスは受けられるべきである。レカネマブ投与に関わるすべての費用を計算し、社会システムへの財政影響についても検討すべきである。参考ながら、2023年度の認知症施策推進費用は概算要求で132億円であり、いかに財政影響が大きなものかがわかる。

一方、米国の研究所でも、継続的なエビデンス生成の必要性が指摘されている。医療経済評価のシミュレーション(モデル)分析では、サポーティブケアのみに比べ、介護費用の伸びは低くなる。しかしながら、重症化が抑えられても、介護サービス利用は、実際の重症度とは無関係により多く使われることもあるし、医療機関へのアクセスなど、レカネマブ投与による新たな費用発生の可能性もある。薬価算定においては、リアルワールドでの財政影響について継続的なエビデンス収集を行うためのデータ収集計画についても議論されることが望まれる。

坂巻弘之(神奈川県立保健福祉大学大学院ヘルスイノベーション研究科教授)[薬価][レカネマブ]

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