2023年12月9日に開催された「令和5年度医療事故調査制度管理者・実務者セミナー」で、「センター報告を行えば裁判官の心証が良くなる」との解説があった。これは誤導であろう。医療事故調査制度を運用する日本医療安全調査機構が誤った理解をしているとしか思えない。この発想の底辺には、「センター報告を行わない」=「隠ぺい」との誤った先入観があるのではないだろうか。
医療事故調査制度は「医療の内」の制度であり、「医療安全」の制度である。一方、裁判は「医療の外」の制度であり、「紛争解決」の制度である。この2つを混同してはならない。医療法は、「医療の内」の「医療安全」の制度として「医療事故」という用語を法的に定義した。裁判は「医療の外」の「紛争解決」の手段であり、「医療過誤」か否かが争われるのである。医療事故調査制度の「医療事故」か否かと、紛争の争点となる「医療過誤」か否かは、まったく個々別々に決められるものである。したがって、「医療事故」であっても「医療過誤」でないケースもあると同様に、「医療過誤」であっても「医療事故」でないケースもありえる。
医療事故調査制度の「医療事故」に該当すれば、センターに報告されるのであり、「医療事故」でないケースはセンターに報告されないというだけのことである。ここで、「医療過誤」の有無を問う裁判の話が出てくるはずがなく、「裁判官の心証」などという話が出てくるはずもないのである。「裁判官の心証」を持ち出すこと自体、講師が制度を理解していないのではないだろうか。
ちなみに、念のために触れておくと、日本医療法人協会は、医療事故調査制度の原則①に「遺族への対応が第一であること」を挙げており、本制度外で遺族への説明をしっかり行うべきであると述べている。本制度外で発生したことを遺族にしっかり説明するのであるから「隠ぺい」ではない。裁判官の心証に関係するのは、センター報告を行ったか否かではなく、本制度外での遺族への説明をしっかり行ったか否かであろう。「センター報告を行えば裁判官の心証が良くなる」というのは、制度に対する無理解による発言であり、日本医療安全調査機構への報告数を増やさんがための誇大広告と言えるのではないだろうか。
小田原良治(日本医療法人協会常務理事・医療安全部会長、医療法人尚愛会理事長)[医療安全][紛争解決]