4月から始まる「医師の働き方改革」では、勤務医の過重労働を防ぐため、残業時間に年960時間の上限が設けられるなど長時間労働の削減が謳われ、この結果、当直や外勤などの労働に大きな制限がかかることになる。この改革に対し、夜間の患者受け入れ停止や、土日の診療休止など病院の診療機能に大きな影響が出るという懸念や、自己研鑽の解釈や宿日直許可の適用で骨抜きの制度になるのでは、といった冷めた意見もみられる。労働時間削減の対策として、複数主治医制やタスクシェア/シフトが提案されてはいるものの、各医療機関には一時的に大きな改革のコストが生じる。
ところで、全職種に及ぶ働き方改革の制度が2019年より開始された背景には、2015年に過重労働から自死に至った大手広告会社の女性社員の問題があると聞く。この事件では、過労死を生んだ背景に厳しい企業の社訓があり、過労死=長時間労働の問題と受け止められた。このため、長時間労働防止を全職種で義務づけることが改革の骨子となった。その後生じた医師の過労死問題も、長時間労働が主な原因とされている。
しかし自死は、本来メンタルヘルスの問題である。過重な職場ストレスだけでなく、個人要因や職場以外のストレスも絡み合ってうつ状態となった本人に、十分な周囲のサポートがない場合に、うつ状態が悪化し、自殺行動に至る、という説明が一般的である。また、ここでいう過重な職場ストレスとは、仕事量の問題だけではない。労働の裁量権、周囲の支援といった仕事の質の良し悪しで、高ストレスになるかどうかが決まる。配置転換や仕事の失敗、カスハラ、パワハラを含む職場の対人関係の問題も大きなストレスとなる。
このように考えると、労働時間を短縮すれば過労死は減るというのは安易な対策と言わざるをえない。医療者は、長時間労働でも自分が役割を発揮でき、仕事を評価される風土があれば不健康になることは少ない。むしろメンタルヘルス不調につながるのは、上司の指示に従うことと、自分の自由や患者の命を守ることの間に大きなジレンマが生じる場合であり、このようにモラルが傷つく場面は医療現場で、特にコロナ禍で多く生じ、若い医療者の大量離職を生んだことが記憶に新しい。
ここで私は医師の労働時間短縮がよくないと言っているわけではない。働き方改革の契機となった職場ストレスの軽減や職場メンタルヘルス問題に対して、労働時間短縮だけを医療機関が形式的に励行することによって、病院の診療機能に問題が生じ、責任をとる現場の医療者が燃え尽き、メンタルヘルス不調者がかえって増えるような本末転倒な事態を懸念しているのだ。医師の働き方改革では、労働時間短縮に加え、職場ストレス軽減への具体的な取り組みと医療機関内外の産業メンタルヘルス相談体制の確立など、各医療機関における職場メンタルヘルス対策の充実こそが重要ではないだろうか。
太刀川弘和(筑波大学医学医療系災害・地域精神医学教授)[働き方改革][産業メンタルヘルス][自殺予防]