前稿(No.5216)では、高齢期の就労は、元気な高齢者のみならず、フレイルになってもしっかり働けば介護予防に資するということを述べた。しかしながら、高齢者にとってがむしゃらに働きさえすればよいのかという疑問が残る。
猛暑や極寒の中、工事現場の交通誘導をしている高齢の労働者を見かけることがある。時には、ドライバーや歩行者からクレームをつけられて、つらそうな姿を見る場面もある。
このように、身体的あるいは心理的なストレスがかかる現場で働く高齢者の目的・動機とはどのようなものであろうか。高齢期就労と健康との関連において、就労の目的・動機がどのように影響するかについては明らかにされてこなかった。
そこで、筆者らは、東京都大田区の某地域包括支援センターが所管する圏域に在住する65歳以上の全高齢者7608名に対して郵送調査を実施した1)。初回調査と2年後に実施した第2回調査の両方に回答し、初回調査時点で就労していた1069名を解析の対象とした。就労の動機は、「健康のため」「生きがいを得たい」「社会貢献・社会とのつながり」を生きがい目的、「生活のための収入が欲しい」「借金の返済のため」「小遣い程度の収入が欲しい」を金銭目的と定義し、3群(生きがい目的群、生きがい+金銭目的群、金銭目的群)に分類した。そして各群における2年後の主観的健康感、生活機能悪化リスクを比較した。
解析の結果、金銭のみを就労の目的としている者では、生きがいを目的としている者に比べて2年後の主観的健康感の悪化リスクが1.42倍、生活機能悪化リスクが1.55倍高いことが示された。しかし、生きがい目的で就労している者と生きがいと金銭の両方を目的としている者との間には健康悪化リスクに差は見られなかった。
本研究の結果から、就労の目的が金銭のみである者においては就労による健康効果が減弱する可能性が示された。金銭のみを就労目的としている者では、より多くの収入を得るために、長時間・危険・重労働などによる身体的および精神的負担が大きくても無理して働くため、健康悪化リスクが高いと考えられる。
一方、生きがいと金銭の両方を目的としている者では、必ずしも金銭が上位の就労目的ではないため、就労によるストレスは小さく、健康悪化リスクが生きがい目的の高齢就労者と同等であることが示唆された。
以上から、高齢期就労による健康効果を高めるには、いきがいを実感できる(たとえば周囲から直接感謝されるなど、人や社会の役に立っていることが実感しやすいような)業務に携わることが重要である。一方、金銭目的のみで働く高齢者に対しては、行政サイドは、働かなければならない理由を認識し、就労支援だけではなく、生活全般や健康についての相談や貧困対策などのセーフティネットの体制を整えることが必要であると言える。
労働力調査(総務省)によると、2022年度の労働災害による休業4日以上の死傷者数のうち60歳以上の高齢者の占める割合は28.7%に上り、その割合は年々増加している。実臨床の場においても、高齢患者が就労している場合に、健康のバロメーターとして「仕事にやりがい、生きがいを感じていますか」と一声かけていただくこともお願いしたい。
【文献】
1)Nemoto Y&Fujiwara Y, et al:Geriatr Gerontol Int. 2020;20(8):745-51.
藤原佳典(東京都健康長寿医療センター研究所副所長)[高齢者就労][健康]