前稿(No.5238)では、重病患者らの訴えに応じるかたちで2008年、米国国立衛生研究所(NIH)にパブリックアクセスポリシーが成立し、NIHの研究助成から生み出された論文が原則すべて、論文出版後1年以内にPubMed Central上でオープンアクセス(OA)にされなければいけなくなったと説明した。
時系列からいうと、実は多少の前後があり、PubMed Centralの前身となるE-biomedは、ノーベル生理学・医学賞受賞者であり、当時のNIH所長でもあったハロルド・ヴァーマス氏の発案により1999年には既に運用が開始されている。また、2008年のポリシーは、2005年には既に、任意規定として導入されており、その意味では、NIHが医薬系論文のOAを先導したとも言えるが、これらは重病患者らなどの世論が背景にあってのことである。医薬系分野は、生命に関わる分野であるだけに、研究成果の公共性が強く問われるのである。
ちなみに、国内の医薬系関係者に広く利用されているPubMedは、1964年から利用提供されている医薬分野のオンライン文献DBであるMEDLINEを、1997年から無料公開したものである。なお、PubMedとPubMed Centralの違いは、前者が文献の検索のみを可能とするのに対して、後者は、その文献へのアクセスも可能としていることにある。
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米国以外では英国において、世界屈指の資産規模を有する医療系財団のウェルカム・トラストが、他の公的研究助成機関を先導するかたちで、UK PubMed Central(UKPMC)を2007年に開発している。UKPMCはその後、2012年にEurope PubMed Central(Europe PMC)となり、欧州の一部の研究助成機関にも採用されている。
また、米国のビル&メリンダ・ゲイツ財団は、OAに関連して、非常に先鋭的な取り組みをしている。論文が学術雑誌への掲載と同時にOAとなる「即時OA」を、世界に先駆けて2014年に求めたのである。
民間の財団は、研究振興が主眼の公的な研究助成機関と異なり、公益的な目的を有することが多い。ゲイツ財団のグローバルヘルスプログラムは、途上国の人々を貧困や病から救うことを目的として実施されており、この目的に資する研究成果を途上国の人々に速やかに届けたいというニーズがある。NIHや他の研究助成機関と同様、論文がOAとなるのに1年のエンバーゴ期間を許容すると、研究助成の効果に遅延が生じるため、論文が学術雑誌に出版された直後にOAになることを求めたのである。
即時OAの義務化に加え、ゲイツ財団は、被助成者の論文出版先の選択肢として、論文出版後査読を可能とするF1000ResearchというOA出版プラットフォームを提供し、査読期間中の論文へのアクセスも可能としている。F1000Researchに投稿された論文は、事務局による初期スクリーニング後、速やかにプラットフォーム上で公開され、公開論文に対してなされた査読も、査読者名とともに公開される。なお、ウェルカム・トラストも同じプラットフォームを採用している。
このように、医薬系分野では、公的研究助成機関や民間の財団がOAを制度化し、OAのためのプラットフォームを用意することを通じて、論文のOA化を先導してきた。他の分野に同様の政策が適用されるのは、2013年になってからであり、しかも、医薬系ほどの強制力は伴っていない。2020年代に入り、即時OAが分野問わず推進されるようになってきているが、これがどのような展開を見せているか、次回以降に紹介していきたい。
船守美穂(国立情報学研究所情報社会相関研究系准教授)[医薬分野の公益性][論文のOA化][論文出版後査読]