愛知県で、救急救命士が患者を死亡していると誤判断し不搬送としていたことがニュースになっていた。検視や現場検証をしていた警察官が指の動きがあると言うことで消防に通報して搬送されたが、その後死亡。なんでこんなことになってしまったのかという気持ちになる。しかし、実は死亡の判断はとても難しい。
脳死については明確な診断プロセスがあるが、一般的な死に関しては基準があいまいである。1981年に、米国大統領委員会報告書と米国統一死亡判定法で、「心肺機能の不可逆的停止か、脳幹を含む脳機能全体の不可逆的停止の状態になった個人は死んでいる」とされた。この定義は、日本も含め、多くの国でコンセンサスが得られている。
死亡診断をする際には、多くの医師が呼吸と心拍の有無を確認し、瞳孔の固定をもって診断しているのではなかろうか。重要なのは、不可逆的停止という部分である。たとえば、蘇生の対象となるような心停止状態については、可逆的と考えられるため死亡とは考えない。生命活動が低下していく変化に対し、どうあがいても不可逆な変化だと判断された時点をもって死亡とされるわけである。
消防は「明らかに死亡している」場合には不搬送としている。明らかに死亡している場合はどのような場合であろうか。2018年に消防庁から「救急活動時における適正な観察の実施について」の通知が出されており、「救急業務において傷病者が明らかに死亡している場合の一般的な判断基準」として次のようなものを提示している。
(1)意識レベルが300であること。
(2)呼吸が全く感ぜられないこと。
(3)総頸動脈で脈拍が全く触知できないこと。
(4)瞳孔の散大が認められ、対光反射が全くないこと。
(5)体温が感ぜられず、冷感が認められること。
(6)死後硬直又は、死斑が認められること。
※以上の全てが該当した場合
心停止後、ある程度時間が経過したら不可逆的だと考えるのが自然であるが、時間経過や不可逆性を判断するのは難しい。この基準であれば、項目(5)と(6)が心停止からの時間経過を示唆する変化と言えるが、環境にも左右される場合も多いことと、死後硬直があっても救命された例1)もあることを考えると、「不可逆」であることを示す十分な根拠とは言えないかもしれない。
なかなかに蘇生が難しそうな症例で、救急外来に負荷がかかっている状況である場合には、「その状態で本当に搬送するのか?」などと医師が発言することもあるだろう。ただ、現場で不可逆性を適正に判断するのは難しく、最終的には医師が判断するのであるという点は、改めて肝に銘じておくべきである。なお、前述の通知では、「判断に迷う場合は、指示医師に連絡し、指示・指導・助言を受けること」とも記載されている。余計なプレッシャーをかけてコミュニケーションを阻害することは避け、病院側としても再発予防に努めたい。
【文献】
1)岡田遥平, 他:日救急医会誌. 2018;29(10):530.
薬師寺泰匡(薬師寺慈恵病院院長)[不可逆的停止][救急活動]