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永山則夫のケースからみた鑑定の特徴とは?

No.4815 (2016年08月06日発行) P.58

安藤久美子 (国立精神・神経医療研究センター 司法精神医学研究部精神鑑定研究室室長<br />)

登録日: 2016-08-06

最終更新日: 2016-10-30

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【Q】

永山則夫に精神鑑定がなされていますが,司法精神医学的観点からこのケースではどのような点が問題とされているのでしょうか。整理して教えていただきたいです。(新潟県 H)

【A】

永山則夫連続射殺事件は,犯罪史の中でも有名な死刑判決事件です。被疑者が19歳の少年でありながら実名報道されたことや,事件の重大性から成人と同じ刑事裁判を受けたことなども特徴として挙げられますが,広く知られているのは「永山基準」です。この基準は,死刑判決を適用する際の判断基準として,(1)犯罪の性質,(2)動機,(3)犯行態様,ことに執拗性や残虐性,(4)結果の重大性,ことに殺害被害者数,(5)遺族の被害感情,(6)社会的影響,(7)犯人の年齢,(8)前科,(9)犯行後の情状,の9項目を取り上げたもので,現在においても大きな影響を与えています。
また,本ケースでは精神鑑定が実施されています。精神鑑定とは,裁判などの司法システムの過程において,法律家が法的判断を行う際に専門的知識や経験を補うために行われる証拠調べのひとつです。最も多く行われているのは,刑事事件の被告人について事件時の責任能力の有無や程度について検討する「刑事責任能力鑑定」です。精神鑑定書は裁判における参考資料として使用されるものですので,通常は一般公開されるものではありませんが,非常に重要な事件などの場合には,法律家の実務への寄与,あるいは学術的な意義を認めて精神鑑定書の概要などが公表されることがあります。永山則夫事件の精神鑑定書も,そのひとつと言えます。
永山事件における精神鑑定の特徴は,まず,鑑定期間が長期にわたっていることです。通常の精神鑑定は2~3カ月の期間で実施されるのに対して,永山事件は9カ月に及んでいます。鑑定期間の長期化については当時より課題とされていましたが,2009年の裁判員制度施行後は,特に鑑定期間の短縮化が図られています。
もう1つの特徴は鑑定の手法です。本鑑定では「カウンセリングの手法を用いて被告人の心情を明らかにした」と言われていますが,通常は,被告人に対して積極的な治療やカウンセリングは行いません。これは,精神鑑定の最も重要な目的が,治療ではなく,被告人の精神障害の有無を明らかにし,それが事件にどのような影響を与えたのかを評価することにあるからです。そして,そうした評価の信頼性を担保するために,鑑定人には中立性や公平性が強く求められているということも背景にあります。また,本鑑定では100時間にも及ぶ面接が行われたことが記録されています。面接時間が短すぎることは論外ですが,極端に長すぎる面接も,鑑定人と被鑑定人との中立的な関係が崩れる可能性があることや,ケースによっては,勾留期間の長期化に伴い拘禁反応を呈することもあるので,留意する必要があります。
なお,本鑑定書の概要を見ると,責任能力だけでなく,情状面にも重きを置いた内容になっています。したがって,情状面の把握を重視した結果として,上記の特徴が生じた可能性もありますし,あるいは,上記の手法で行ったために情状面を重視した鑑定主文となった可能性もあります。
最後に,司法精神医学的観点からみた治療のポイントですが,本ケースにかかわらず,少年はもちろん成人の場合でも,多くの被告人には自己評価や自尊心の低さが目立ちます。不遇な環境で養育されたケースも少なくなく,対人的な信頼関係の構築にも課題が認められます。したがって,贖罪への取り組みは最も重要な視点のひとつですが,社会復帰を考える際には,そうした視点を緒とした介入を行うことが再犯防止の観点からも有用であると思われます。

【参考】

▼堀川惠子:永山則夫 封印された鑑定記録. 岩波書房, 2013.

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