人はいつから星に願いを掛けるようになったのだろう。
特に星座に興味を持っていたわけではないのだが、その日のオリオン座は、また、驚くほど荘厳だった。オリオン座は冬の星座である。寒い時期は星が見やすい環境が生まれる。東京よりは少しだけ暗い街だったから、なおさら印象が強かったのだろう。
その時、神の存在を信じていない私が、生まれて初めて北の星に願いを掛けた。
残念ながら、叶わなかったが……。
オリオン座は、北斗七星と並んで、有名な星座である。天の赤道にまたがって君臨する大きな星座であるのに、全体像を捉えるのがわりと簡単な星座である。それが知名度の高さに結びついているのだろう。特に、中央に並ぶ三ツ星は印象深い。オリオンのベルトと呼ばれている。中国では全体を白虎と見立て、三ツ星は、そのまま、「参」と呼ばれる。
オリオンという名はギリシャ神話から来ている。海の支配者ポセイドンの子どもで、狩を得意とした巨人である。逸話には多くのバージョンが知られているが、アポロンの双子の妹アルテミスが放った刺客によって殺されたという記述には共通性がある。アルテミスは月の女神で、お産、誕生、子どもの守護神とされることから、オリオンは、女の敵となるような男の代表だったのかもしれない。
刺客の正体は蠍(さそり)であった。以来、オリオンは蠍から逃げ回っているという。有名なオリオン座と蠍座の追いかけっこの話である。オリオン座は冬の星座で、蠍座は夏の星座である。そして、二つの星座が見られる春と秋にも、オリオン座と蠍座とが同時に天空に昇ることはない。蠍嫌いのオリオンは、蠍が現れそうになると、さっさと姿を消し、蠍が消えると、のこのこと顔を出すというお話である。
中国では、この追いかけっこを兄弟喧嘩の仲裁に使っている。
三皇五帝のひとり、帝嚳(高辛)の子、閼伯と實沈は酷く仲が悪かった。嚳が崩御した後でも喧嘩が絶えず、心配した帝堯は閼伯を商丘に實沈を大夏に遷し、それぞれに商星(蠍座)と参星(オリオン座)を祀らせることにした。以降、二人は出会うことなく、平和が保たれたというお話である。ここから長い間お互いが会わずに過ごすことを「参商」と表現するようになった。
日本には追いかけっこの神話はない。
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