今から12年前、今の病院へ心臓血管外科部長として赴任した。当時症例も少なくスタッフもまだ慣れておらず、新しい手術を行うたびに入念なミーティングを繰り返した。徐々に症例数は増加し、スタッフも私の手術に慣れて緊急手術も断らずに受けた。
そんなある日、激しい胸背部痛を主訴にAさんが救急搬送されてきた。もともと胸部大動脈瘤、腹部大動脈瘤があり、そこに急性大動脈解離を発症していた。緊急で、当院では初めての手術となる全弓部大動脈人工血管置換術が必要であった。Aさんは81歳で、ご家族は同年齢の奥様だけであり、子どもはいなかった。奥様は小柄で品の良い、気の弱そうな老婦人で、「よろしくお願いします」とすがるような目で私を見つめた。
手術は無事終わり、2週間後に自宅に退院された(写真左)。退院されるまでの間、奥様はずっとA氏に付き添っておられた。病室でいろんな会話を交わすうちに、このご夫婦が過ごされてきた人生を知り、「先生、手術の時はもう覚悟していましたが、ずっと、一人になったらどうしようと思っていました。今までずっと二人で暮らしてきましたから。でも助けて頂いて本当によかった。ありがとうございました」と私の手を握りながら何度も繰り返した。私も子どもに恵まれず、妻と二人で暮らしているので、この言葉は身に沁みた。甲斐甲斐しく夫の世話をする老婦人の小さな背中を見ながら、何となくであるが、将来の私達の姿をオーバーラップさせていたのだろうか。
その半年後、予定通り腹部大動脈瘤に対して手術を行い(写真右)、その後は近医にてフォローされ、年に2、3回当院の外来でお二人の元気な姿を見るのが楽しみであった。
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