イブン=ハルドゥーン『歴史序説』は14世紀の北アフリカの書だ。歴史哲学や社会学・経済学の諸法則が解明されていると、19世紀のヨーロッパの学者たちを驚かせた。東大寺長老森本公誠師によるアラビア語原典からの丁寧な邦訳の岩波文庫全4冊がある。「神の計画・神の哲理・必然的な目的の一つの人類の保全」と出てくるが、連帯意識に加えて徳や真理や勇気を簡潔明解に説いていて科学の類と考えるので、師の訳からその一部を提示したい(参考:医報とやま. 2015.8.1&15、 小文 全6頁)。
社会的結合・人間同士の相互扶助は人間にとって絶対に必要だ。でないと生命を全うすることもできない。連帯意識は人々が分裂したり互いに見捨てたりしないための神秘な絆である。社会的結合には相反する目的が入り乱れるので、必ず不和が起こる。したがって、抑制力を行使する統治者が不在だとこの不和は騒動を引き起し、さらに人類の破滅と根絶へと導く。
連帯意識は王権を目指すが、一旦それを得ると彼らは休息・平穏・安易が本性になり、奢侈に誘惑され富裕生活に耽溺する。第一世代は欠乏に慣れ、勇敢で貪欲で互いに王権を得るという栄光を受け持つ。第二世代は安楽で豊富な生活からある者が栄誉を独占し、他の者が怠慢になり、卑しい追従へと変る。盲従(taqlid)は独自の判断(ijtihad)に劣る。第三世代は第一世代の時代を完全に忘れ、名声の喜び・連帯意識をなくし、奢侈もその極に達し、王朝によりかかり保護される必要がある。自ら戦う術を知らないので、敵にとって簡単である。祖先の威光は第四世代になってから完全に崩れる。奢侈は人の性格を堕落させる。
各人は自己の行動の主人とは限らず、首長や指揮者はなおさらである。原則として人は他のある者に支配されねばならない。支配体制が強権や恐怖を伴うものであると彼らは無気力となり、抵抗力・勇気を失ってしまう。公権威が感化と訓育をもって臨むと同様の効果となる。この事実を理解しておかねばならない。
人はあまり徳に関心がない。人々は現世とその手段の地位や富を求める。とすれば、どうして真実との合致が得られようか。名声は実際とは合致しないものだ。
大抵善はなんらかの小悪との結びつきがあってその完全な存在が可能になる。善の周囲には小悪がつきまとう。これが世に不正の起こる理由であり、理解しなければならない。