受診の3カ月前から出現した微熱,喉の違和感に対して総合病院の内科,耳鼻科で精査されたが原因不明であった。1カ月前から味覚異常と食欲低下が加わり、体重が1カ月で9kg(59kg →50kg)減少したため精査目的に当科紹介となった。症状出現後から気分の落ち込みがあり,趣味のカラオケやゴルフへの興味を失っている。
既往歴として高血圧,糖尿病,脂質異常症。不眠に対して内服中。喫煙歴,飲酒歴なし。
身体診察では,身長153cm,体重50kg,体温36.9℃,脈拍97回/分(整),血圧103/51 mmHg。頭頸部,胸腹部に異常を認めず,手指に振幅の小さい姿勢時振戦を認める。一般血液・生化学検査は正常範囲。頸部CTを示す(図1)。
喉頭違和感,味覚障害,食欲低下,体重減少,全身倦怠感はいずれもうつ病でみられる症状である。しかし,うつ病様の多彩な症状に加え,微熱や手指振戦を認めたことから,甲状腺機能亢進症を疑い,血液検査を追加した。その結果,TSH<0.003μU/mL,遊離T3 14.61pg/mL(基準値1.71〜3.71),遊離T4 3.07ng/dL(基準値0.70〜1.48),TSHレセプター抗体陽性であり,眼球突出,甲状腺腫や血管雑音はなかったが,バセドウ病と診断した。
頸部CTでは,甲状腺は内部低濃度を呈する軽度の腫大を認め,バセドウ病に矛盾しない所見であった。
メルカゾール30mg,ヨウ化カリウム50mgにて治療を開始し,甲状腺機能の正常化により喉頭違和感以外のすべての症状が消失した。喉頭違和感はやや改善したが残存し,軽度の甲状腺腫を自覚しているものと考えられた。
バセドウ病は20歳代後半から30歳代前半にピークがあり,65歳以上の高齢者のバセドウ病は低頻度であるが,若年者のバセドウ病とは臨床像が異なることに注意する。高齢者では体重減少が最もよくみられる症状であり,食欲不振,心房細動の頻度が増加する一方(図2),甲状腺腫,眼球突出といった典型的な症状が減少する1)。高齢発症のバセドウ病では,その特徴的な症状である食欲亢進とは対極の食欲不振で受診するために,うつ病と誤診される場合があり,高齢者の体重減少では食欲の有無にかかわらずTSHをチェックすべきである。
味覚障害は甲状腺機能低下症に合併することが知られているが,甲状腺機能亢進症でも低下症の患者と同様に味覚障害を認めたとの報告がある2)。
【文献】
1) Nordyke RA, et al:Arch Intern Med. 1988;148(3):626-31.
2) Pittman JA, et al:J Clin Endocrinol Metab. 1967;27(6):895-6.