著者の小嶌先生との出会いの場は、現在も私が勤める洛和会丸太町病院であった。当時、私はこの病院で救急総合診療科を率いることになったばかりであった。当時の私の役職は医員。つまり平社員だ。専門医資格は皆無であった。一方、小嶌先生は医師としての経験は私よりは若干短いために部下として配属されたものの、法学部卒業歴、人生の先輩、専門医資格保有という3拍子で、「安心できた」よりは「圧倒された」に近い第一印象であった。
程なくして小嶌先生が何を求めて洛和会丸太町病院に来たのかが明らかになった。救急診療、一般外来、入院管理(急性期、慢性期)すべてを診療するスタイルを実践したかったというのだ。“「うちの科じゃない」とは決して言わない”、それが我々のルールであったが、知識も経験も十分とは言えない我々は、必死になって勉強するしか手が無かった。そのような時、頼りになったのは論文であり、EBMは我々の日常の中にあった。小嶌先生は“疑問を放置しない”ことも大切にしていた。日々の診療の中で生じた疑問を調べて解決するスタイルはレジデント指導にも生かされ、頼りになる指導医として認められるまで時間はかからなかった。
このような経験をもとに生み出された本書には、レジデントが内科診療を行う上で悩むであろう疑問を存分に取り上げている。その範囲は広く、自分たちで対応しなければならない分野においては深く踏み込んでもいる。論文を多数引用しているが丁寧な解説がされているため、初学者でもすぐに活用できる内容となっている。図表が多く視認性が高いためか読みやすさの割に情報量は多く、読みやすさと読みごたえを両立させた一冊である。
本書にはもう一つ大きな特徴があり、そのことを説明するために洛和会丸太町病院 救急総合診療科の黎明期とも言える小嶌先生在籍時に話を戻したい。当時も幸いなことに優秀なレジデント達に恵まれていた。しかし、レジデントがスキルアップするには大きなハードルがあった。それは真のEBMの実践である。実はEBM(Evidence-Based Medicine)はクリアカットには定義できない概念である。原著論文やメタアナリシスの結果に基づく医療はEBMとみなすことに異論はないだろう。では最新のエビデンスに精通している専門家の(忖度があるかも知れない)講演内容に基づく医療はEBMだろうか? ブログの「役に立つ論文紹介」をそのまま診療に用いることはEBMだろうか? 製薬会社の提示する論文データを鵜呑みにすることはEBMなのだろうか?
論文の批判的吟味(内的妥当性や外的妥当性の評価)を行う事は真のEBM実践のためには必須であるが、同時に医学生や若手医師が遭遇する最も大きなハードルの一つでもある。そこで小嶌先生は洛和会丸太町病院で抄読会を始めた。最初は小嶌先生の熱意に「圧倒されて」参加していたレジデント達も、毎週参加していると抵抗感が薄れ、いつの間にか原著論文を系統的に読み解くことに抵抗が無くなっていく様子が感じとれた。本書でもこの程よい頻度の抄読会が再現されている。レジデント達には内科診断に関して真のEBMを実践するための道標として、本書をゆっくりで良いので確実に通読して頂きたいと思う。
地道な努力以外に真のEBM力を身に着ける方法はない。本書が読者の地道な努力を助け、真のEBM実践への道筋を照らす一助となったならば、監修者としては望外の喜びである。
上田剛士