現場の医師が在宅患者の資産管理を巡るトラブルや認知症裁判に巻き込まれるケースが増えている。認知機能が低下した人が増える社会に合った金融や資産管理の仕組みはまだ充分ではなく、国の金融行政方針や高齢社会対策大綱も、その資産活用という視点に留まってる。金融老年学研究の一人者、駒村康平氏に話を聞いた。
「人間は、常に自分の利益を最大化するよう合理的な意思決定をする」というのが経済学の前提ですが、実際の人間は必ずしも合理的とは言えない行動をとることが多い。金融老年学はこの行動経済学の考え方を応用しつつ、加齢に伴う認知能力・心理的変化が金融行動(貯蓄、資産選択・運用等)に与える影響が研究のテーマです。
実は、金融老年学はまだ確立されていない言葉。ファイナンシャル・ジェロントロジーという言葉自体は米国発で、資産家の個人アドバイザーのような面があったのですが、日本に入って、より社会問題になりました。日本で最初に公に使われたのは2015年、慶應がWHOや世界経済フォーラムとシンポジウムを共催した際、今後は高齢者の認知症への対応が重要で、認知症の人の資産管理の問題が起こるという議論の中で出てきました。その後、当時塾長だった清家篤がセンターを立ち上げ、私がセンター長に任命されました。
日本人の寿命は延び続けています。65歳以上人口に占める75歳以上人口の割合が50%を越え、90歳まで生きられる社会は目の前。しかし、認知機能を維持できるかどうかは別問題です。
金融資産額とリスク性資産の割合は、加齢と共に増加します。我々の試算では、日本国民の金融資産1800兆円の約22%を75歳以上の高齢者が保有しています。75歳以上の認知症有病率が20~25%と考えると、現時点で約90兆円を認知症の人が持っている可能性がある。