これまでに提示した2つの事例(No.4743,p41/No.4746,p39参照)に限らず,虐待のリスクを持つ事例にみられる母子関係において共通して認められることの1つは,なぜか母親は子どもの思いを汲み取ることができず,一方的に良かれと思う方向に子どもを動かそうとする養育態度を取ることである。さらに,同時に考えなければならないのは,子ども自身も既に1歳頃には母親の前で自分の思いをぶつけることはせず,直接的な関わりを避けようとすることである。この両者の特徴は「関係」の中で生まれたものであって,どちらか一方にその原因を求めようとするのは不毛な議論である。我々臨床家に求められるのは,このような「関係」の問題をいち早く見て取り,適切な介入を行い,発達障碍や虐待へと進展していくリスクを少しでも軽減していくことである。
ここで必要となるのが,母子「関係」の問題の核心がどこにあるのかを見きわめる臨床力である。そこで読者に思い起こしてほしいのが,第2回(No.4743)で提示した母子関係の特徴である。「関係」に問題がある事例であり,共通して認められる特徴として,以下のことを指摘した。
「母親が直接関わろうとすると子どもは回避的になるが,いざ母親がいなくなると心細い反応を示す。しかし,母親と再会する段になると再び回避的反応を示す」
本当のところは,心細くて母親に「甘えたい」にもかかわらず,母親の前では「甘えたくない」かのような態度を取るために,いつまでたっても母子双方の関係が深まらないという特徴である。
なぜこのような関係を維持することになるかと言えば,お互いの気持ちが通い合う心地よさを味わったことのない母子にとって,そのような関係を求めること自体が強い不安を引き起こすために,身体そのものが避けてしまうからであり,当事者はそのことに気づくことが難しい。ここに問題の根深さがある。
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