前回(10月20日号)は、2015年10月から開始された医療事故調査制度についてご紹介しました。医療の中で発生した予期しない死亡を調査し、共有することで、個人の責任追及ではなく、医療の質や安全の向上を目的とするものです。
本制度が発足してから、医療事故調査・支援センターに寄せられた報告件数は半年ごとに180~201件です。本制度における医療事故はほぼ1日1件のペースで報告されているとされ、今年9月末時点の累計では、医療事故報告1129件、院内調査結果報告817件、相談5749件、センター調査の依頼75件であったことが明らかになっています。
日本医療安全調査機構は、報告数が当初の予想より大幅に少ないことを指摘し、その背景には医療事故として報告することへの抵抗感があることを挙げています。私は、この抵抗感が生まれる背景には解決すべき以下のような大きな問題があると考えています。
まず、本制度は医療法に基づく制度です。一方で医療に関連した死亡であっても、現行法では刑法第211条の業務上過失致死傷罪を前提とした捜査が行われうるのです。すなわち、医師の行為に過失があり、その過失と死亡や傷害との間に因果関係があると判断されれば、起訴される可能性があるということで、医療法に則った手続きを行っても、司法当局による捜査が行われないとの保証がないのです。昨今でも、医療に関連した死亡事例が新聞やニュース等で紹介されることがありますが、しばしば、「警察が業務上過失致死を前提に捜査している」という表現を目にします。このような背景があると、病院の管理者としては、積極的に医療事故と認めることを拒む傾向になるでしょう。
そこで、滋賀県では理想的な対応が行えるように工夫しました。県内の先生方には医療事故調査制度の本来の趣旨を十分ご理解いただくよう、制度の啓発活動を推進しました。そして、検察・警察といった司法機関にも本制度の運用を厳格に行うことを約束しました。医療に関連した死亡例が生じた際には、支援団体である県医師会が中心となり、県内の死亡例を包括的に収集し、関係者に適切な助言を行うこと、第三者の調査委員を推薦したうえで透明性を担保して事故調査を行うこと、そして、正確な死因究明を行うことです。
このために、医療関連死に特化した承諾解剖を行う制度を医師会に新設し、いつでも解剖を実施できる体制を整えました(医療事故調査解剖、著者の施設で実施)。その結果、滋賀県では原則、医療関連死が発生した場合には医療法による手続きを優先し、司法機関は様子を見るという対応になっています。
しかし、一点、条件がありました。万一、亡くなった方のご家族が、医療法に基づいた調査や病院の対応に納得がいかず、刑事告訴された場合には、司法機関による捜査が行われるということです。したがって、当初からご家族にも誠意に対応し、事実や調査結果を報告しながら話し合いを続けることが求められます。
滋賀県では、真の医療安全を追究すべく理想的な制度運用を行っています。しかし、重要なことは最後まで当該医療関係者と遺族との信頼関係が築かれていることです。どのような制度があっても、最も重要なことはラポールの形成です。