私が消化器内科医だった頃とは胃疾患診療の常識はもはや違う。1983(昭和58)年に名古屋大学医学部を卒業し、名大方式の研修で大学病院での研修はなく、卒業生全員が外部の病院で研修を行った。袋井市民病院に4年間、その後名古屋市の臨港病院に勤務した。1年間の研修を終えた後に、内科に専念することになり、名古屋大学第3内科に入局した。
当時は内視鏡花盛りで消化器中心に勉強した。内視鏡で胃の中を覗いて萎縮性胃炎、胃潰瘍、ポリープ、胃癌を観察した。学生時代の教科書には天秤の絵が載っていた。胃酸などの攻撃因子と胃粘液(粘膜?)などの防御因子のバランスで病態が説明されていた。胃炎の治療には粘膜保護薬と胃酸抑制薬であり、H2ブロッカーやプロトンポンプ阻害薬が出はじめた頃であった。その後大学に戻り、臨床の教室ではあったが肝疾患の研究に没頭した。さらに、米国留学後は完全に臨床から遠ざかり、既に23年間は患者さんを診察していない。
現在は国立感染症研究所で感染症研究に携わっている。既に胃炎、胃潰瘍、胃癌はヘリコバクター・ピロリ菌(ピロリ菌)の感染に起因することがわかっている。その治療は抗菌薬によるピロリ菌の除菌である。除菌をすれば胃炎や胃潰瘍は改善し、胃癌のリスクは減る。また、胃癌のハイリスク者をみつけるためにはピロリ菌感染の有無を調べればよい。ピロリ菌感染があれば除菌の適応である。感染がなければ検診のたびにバリウムを飲む必要もないし、被曝は避けたほうがよい。また、どうやらピロリ菌は幼少期に感染するようである。
将来の発がんリスクを減らすためには早く除菌したほうがよいので、子どもたちの感染の有無を調べるほうがよい。というわけで、私が消化器内科医だったときの常識は既に非常識になってしまった。
ピロリ菌感染と胃疾患の関係の発見はまさにゲームチェンジャーであり、ノーベル賞が与えられている。日本の研究からもゲームチェンジャーを生み出せるよう、常識にしばられない研究環境が重要である。