〔要旨〕医師法第21条は,もともと,診療関連死以外の変死体の届出義務である。1918年大審院判決,69年東京地裁八王子支部判決のいずれも『外表異状』(外表を検査し異状を認めた死体)を『異状』の判断根拠としている。ただ,変死体の検案に際し,周囲の状況の『異常』を念頭に外表の異状を判断することが必要と言える。過去には,医師法第21条の誤った解釈により,医療崩壊に至った時期もあった。本年2月8日の医事課長通知「医師による異状死体の届出の徹底について」で,あわや医療崩壊の再来かと思われたが,その後厚労省より,医師法第21条の解釈は従来通りであることが明確化された。本稿では,これまで裁判所で示された判決に基づき,医師法第21条について考察した。
医師法第21条(異状死体等の届出義務)の原型は,旧医師法施行規則第9条(1906年〔明治39年〕)である。同条は,「醫師死體又は4箇月以上の死産児を検案し異常ありと認むるときは24時間以内に所轄警察官署に届出すべし」となっており,1942年(昭和17年)10月国民医療法施行規則第31条で『異常』の文字が『異状』に変わった。その後,1948年(昭和23年)7月,現在の医師法第21条(表1)となった。
旧医師法施行規則の解説書としては,1914年(大正3年),山崎佐著「醫事法律叢書第一篇:醫師法醫師會法釈義」がある。同書は死体の定義について,『死體』とは,「常識で判断するもの」としている。『異常』の定義に関しては「死體又は死産児自体の外観的異常のみで判断するとした狭義の客観説から,検案した医師が異常ありと認識した時は届け出るべきとする純主観説」まで諸説あると述べている。同書は折衷説を支持し,本条文は医師に「届出の義務を命じて,間接的に殺人堕胎の如き犯罪捜査の便に供するものである」としている。犯罪捜査への協力として考えると,「四囲の状況を考慮して,一般的医師の判断として異常ありと認識した時は,24時間以内に所轄警察署に届出るべき」と述べている。「診療関連死」は,同条の対象となっていない。四囲の状況の異常とは,死産児を便壺内より発見した場合,又は往来稀な山間で発見された死體等としている。
1918年(大正7年)大審院判決は土砂による圧死の頭蓋骨骨折事例である(本誌4955号参照)。漢字を使い分けることによって「死体」の意味の違いを区別して述べている。広い意味の「死体」には,山崎佐同様『死屍』。山崎佐が「常識で判断」とした死体の定義については,「誰が見ても死亡していることが確実で,死後多少の時間を経過した死体」とし,『屍體』の文字を当てている。その上で,警察に届出義務のある『死體』とは,①医師の診療を受けていない人の死體で,②誰が見ても死亡していることが確実な『屍體』であって,③検案して『異常』を認めたものとしている。ここに言う『異常』とは,「犯罪の疑いのあるもの」の意味である。大審院判決は,変死体についての犯罪捜査協力のため,死体の定義を明らかにしている。
1969年(昭和44年)東京地裁八王子支部判決(本誌4950号参照)は,行方不明の老女が,人通りもない人家もない山中の沢の中で死体で発見された事例である。本判決は,「医師法にいう死体の異状とは単に死因についての病理学的な異状をいうのではなく死体に関する法医学的な異状と解すべきである」と述べているが,この「病理学的」「法医学的」の意味は,医学で言う病理学・法医学ではない。大審院判決の「死因不明とは医学的視点による死因不明ではなく,法律的視点による死因の疑わしきものであり,即ち,犯行の疑いあるもの」と同じ使い方である。つまり,法医学的異状とは犯罪を意味する。変死体の外表を検案するに際し,検案とは死体発見の四囲の状況の異常を考慮し,死体の外表を検査することと述べているのである。山崎佐の言う「四囲の状況」が即ち「死体が発見されるに至ったいきさつ,死体発見場所,状況,身許,性別等諸般の事情に『異常』を認めた場合」であると東京地裁八王子支部判決は詳述している。
医師法第21条のポイントは以下の4つである。①医師が診療を行っていない死体(診療関連死以外)についての規定である。同法の適用範囲は②明らかな死体(『屍體』)であり,③検案して(『屍體』の外観で),④『異状』を認めた死体である。検案(外表を検査,あるいは外観上)を行うに際しては,死体自体の外表面だけから認識できる異状だけではなく,周囲の状況の『異常』(犯罪を疑わせる異常)を念頭に,死体の外表面(外観)を検査し,『異状』を認めた場合に届出義務が発生する。まさに,「異状死」ではなく「異状死体」の届出義務を意味している。
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