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東日本大震災・原発事故の臨床疫学─数字の一人歩きにご注意![福島リポート(30)]

No.4975 (2019年08月31日発行) P.54

栗田宜明 (福島県立医科大学大学院医学研究科臨床疫学分野特任教授)

登録日: 2019-08-28

最終更新日: 2019-08-27

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  • はじめに

    小職は、臨床疫学の教育と研究に携わる一介の教員である。臨床疫学とは、臨床のフィールドで疫学的手法を当てはめる研究分野であり、その代表的なカテゴリーは、治療の有効性や診断法の性能を評価する研究である。よって、このような仕事をしている小職に、東日本大震災・原発事故に関する研究についての原稿依頼が巡ってきたのは、福島に赴任した5年前では全く想像できなかったことだ。
    臨床医学雑誌から東日本大震災・原発事故をテーマにした臨床疫学研究が出版される事例は最近増えている。東日本大震災・原発事故が起こった結果、どのような種類の健康関連アウトカムが、どのような属性の人に、どの時期に増えたのか? といった疑問を持つことは自然であり、疑問に対する根拠を検証することが重要だからであろう。震災から8年を経た今でも、自分の健康を震災と結びつけて不安を抱える人たちが確かにいるので、ふさわしい根拠があると不安の手当に有効であろう。小職自身も、後述するように東日本大震災・原発事故をテーマにした臨床疫学研究を報告している1)

    ところが、出版された論文であっても、健康関連アウトカムが「東日本大震災・原発事故が起こった結果」であるとは言い難い研究が散見されるようになった。そのような研究に対して、個別に論述する医師の寄稿も見られる2)3)。また、小職自身が「東日本大震災・原発事故が起こった結果」と主張するには無理のある原稿を査読する機会もあった。

    東日本大震災・原発事故に原因を結びつけようとする臨床疫学研究には、大きく分けて2つのピットフォールがあると考える。1つ目は「因果関係に関する合理的な考察の失敗」、2つ目は「研究デザインに関する適切性の欠如」である。東日本大震災・原発事故関連の臨床疫学研究で、特にその2つのピットフォールに陥りやすい研究デザインが、分割時系列解析(interrupted time series analysis:ITSA)である。

    ひとたび論文が出版されてしまうと、内容が適切であるか否かにかかわらず、データだけが一人歩きしてしまう。小職の研究も、実際の研究内容や解釈と違った形でメディアに拡散しかけたことがある(図1)4)。したがって、ある程度のリテラシーをもって一般医家もITSAの研究を評価できることが望ましい。

         

    そこで本稿では一介の臨床疫学者の視点から、ITSAの研究がどのような目的で行われるのかを解説する。次に、内容の適切性を判断するために役立つ代表的なチェックポイント(表1)を、因果関係の考察の面と、研究デザインの面から解説する。

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