読者の先生方をはじめ、多くの医療従事者の方が最前線でコロナウイルスと戦っておられると思います。国際看護協会が5月初めの時点で、30カ国の看護団体、政府データ、メディア報道に基づく集計を行い、全世界で9万人以上の医療従事者が新型コロナウイルスに感染し、260人以上の看護師が死亡したとの推計を公表しました。さらに、ロシアや英国内でそれぞれ100人以上の医療従事者が死亡したとの報道もあります。皆様におかれましては、くれぐれもご自愛くださいませ。
さて、ウイルス感染症が事故の原因になることがあります。約6年前に、高速道路を走行していた観光バスが、突然中央分離帯を破って反対車線に進入し、逆走の上、8台の車両と衝突するという事故がありました。このバスの運転手は、事故当時にインフルエンザにかかっていたとのことです。また、ある中学校で、生徒が転落して死亡するという事故がありました。生徒は、直前に意味不明な言動があったり、ふらつき、高熱、小刻みな震えがあったとのことです。この2つの例はいずれもインフルエンザ脳症による異常行動と考えられています。
感染症法によって、ウイルス性脳炎・脳症を診断した医師は7日以内に保健所に届け出ることが義務付けられています。厚生労働省の統計によると、平成30年には678人の報告があり、最も多いのがインフルエンザウイルスによるものと考えられています。小児の脳炎・脳症を全国的に調査した報告によると、約25%がインフルエンザウイルスによるもので、ヘルペスウイルスやロタウイルスなどが続きました。
インフルエンザ脳症では、全身倦怠感、筋肉痛、咽頭痛や高熱の後、意識障害、異常行動・言動、けいれんがみられるのが特徴です。意識障害はほぼ全例に、けいれんは80%に、異常行動・言動は20~30%にみられるそうです。
具体的な異常行動として、「両親が分からない、いない人のことをいるという」、「アニメのキャラクターがみえる、動物がみえる」などが報告されています。このような状態が少しでも見られたら、インフルエンザ脳症を疑う必要があります。
インフルエンザ脳症の致命率は約7%、神経に重篤な後遺障害を残すのが25%と言われています。
日本神経感染症学会によると、中国で新型コロナウイルスに感染した患者の約1/3で何らかの神経症状を呈し、特に重症者に多いとのことです。しかし、これがウイルスによる直接の作用によるか感染による全身的な影響によるかは不明とのことです。
わが国では、このような状態でも公共交通機関、病院やケア施設利用者の送迎を行っている運転者の方などがおられます。一部のウイルスに感染することで、脳炎・脳症から意識障害や異常行動につながることがありますので、ウイルス感染症が事故原因になり得ることを啓発頂きたいと思います。
患者に対しては、まずは標準的予防策の徹底をご指導頂くとともに、日常的に自動車を運転する人に対しては、体調変化が生じた際には無理に運転を続けないようにご指導をお願い致します。