我が家にはピアノがある。しかし、今では孫が適当に音を出すおもちゃに成り果てている。このピアノが購入されたのは60年前、ひとつ違いの姉のためだった。そのころの大阪の下町、ピアノを習う男子などほとんどいなかったのだが、姉といっしょに習っておけばよかったと後悔している。
そんなことを思ったりするのはテレビのせいだ。置かれている場所によって、「駅ピアノ」、「空港ピアノ」、「街角ピアノ」とタイトルは違うけれど、いずれもNHK BSで放映されている番組だ。誰でも自由に弾けるピアノがあって、カメラが据えられている。
演奏の映像に、まず曲のタイトル、作曲者と作曲年。そして、弾いているのはどういう人で、その場所に来た理由、ピアノを始めたきっかけやピアノ歴、弾いている曲の想い出などが簡単なテロップで流れる。
ラストは短いインタビューで、弾いていた人が、その曲、音楽やピアノへの思い入れなどを語る。15分番組で7~8人が登場といったところだろうか。それだけの構成の番組なのだがいつも実にいい感じである。
失礼ながら、え、こんな人がピアノを弾くのかという見かけの人も多い。場所柄や編集もあるだろうけれど、男の人の方が多そうだ。自作の曲を弾く人もいれば、独学の人もいる。もちろん譜面なしなのだが、みんな上手い。この番組を見ていると、音楽という文化に対する姿勢が日本と外国では大きく違うような気がしてならない。
何年かの後、街角ピアノに登場する私。「仲野徹さん、ピアノを弾くためだけにここへやってきた。ピアノを習い始めたのは大学の教授を定年退職してから。今は文字通りの晴耕雨読で、時々本を書いている。『この番組に出るのが夢でピアノを始めましたけど、この曲しか練習してないんで、これしか弾けませんわ』と笑う」というテロップ。
弾き終わって、「いやぁ、これで夢がかないました。もう、いつ死んでも悔いがありません」と爽やかにほほえみながら語る映像が流れ、そこへテロップがかぶさる。
「撮影の1カ月後、ご家族から連絡があった。仲野さんは、『街角ピアノで弾くことができて本当に嬉しかった。もしあれが放映されたら、画竜点睛、完璧な人生や』と、おだやかにお亡くなりになられたそうだ」。
まぁ、ありえない話ですけど、こうなったりしたら、むっちゃええことないですか?
なかののつぶやき
「人生で後悔していることはほとんどないのだけれど、なんでもいいので若いうちから楽器の練習をしておけばよかったという気はしています。まぁ、いまさらですけれど。それはさておき、街角に素人がパフォーマンスをしていいコーナーとかあったら面白くないですかね。もしあれば、義太夫を語ったりして。『うるさいっ!』、『やめてくれっ!』とか罵声を浴びてもいいからやってみたい」