一般的に「医療機関等において医学的妥当性や経済性等を踏まえて作成された医薬品の使用方針」と定義される「フォーミュラリ」には、病院単位で策定する「病院フォーミュラリ」と地域単位で策定する「地域フォーミュラリ」がある。病院フォーミュラリに比べ地域フォーミュラリはステークホルダーが多く、地域の医療経済への影響度も大きいため「難易度が高い」(2021年12月8日 中央社会保険医療協議会資料)とされ、国内では山形県酒田地区(日本海ヘルスケアネット)以外に本格的に実施している事例がほとんどない。そんな難しい課題に26万人規模の都市・大阪府八尾市の地域フォーミュラリ委員会が挑んでいる。同委員会の中核メンバーである三師会(医師会、歯科医師会、薬剤師会)の関係者で座談会を開き、委員会立ち上げに至るまでの経緯、フォーミュラリの目的・理念、策定の進め方、今後の展望について語っていただいた。
中野 「フォーミュラリ」という言葉は2017年11月の中医協資料に出て知られるようになりましたが、我々八尾市薬剤師会が興味を持ち始めたのは2020年初め頃です。八尾市保健所が開催した医薬品適正使用に関する懇話会でフォーミュラリが話題になり、「フォーミュラリとは何か」というところから議論が始まりました。
医師会、歯科医師会、基幹病院の皆様も参画する形で地域フォーミュラリ委員会を立ち上げることができたのは、医師会、歯科医師会の先生方や基幹病院の薬剤部の先生方と日頃からのお付き合いやコミュニケーションがあったことが非常に大きかったと思います。
八尾市には基幹病院が3病院ありますが、薬剤師会は3病院と薬薬連携協議会をつくって以前からシームレスな関係を築いています。八尾市立病院が先行して病院フォーミュラリを導入したことも聞いていました。地域フォーミュラリを作成するためには、病院フォーミュラリを参考にする必要がありますので、病院薬剤師の先生方にもいろいろご相談をさせていただいています。
吉田 八尾市医師会は2020年秋頃から地域フォーミュラリの議論に参加しています。当時はまだ「フォーミュラリ」という言葉は一般的ではなかったのですが、中野先生がおっしゃったように、日頃からのお付き合いがあることが大きかったと思います。八尾市の薬剤師会、歯科医師会と医師会は同じ建物に入っていて普段から行き来がありますので、何かお話があれば、まずはお伺いするという関係があります。
日本医師会はフォーミュラリに対し基本的に慎重な立場だと思いますが、我々は地区のことは地区の医師会が対応すればいいと考えています。地域フォーミュラリ委員会に参加していることについて、大阪府医師会や日本医師会から特段お咎めはありません。
会内には強い反対もなければ、積極的に進めようという意見もありませんでした。「医師の処方権が侵害されるのではないか」と懸念する声は多くありましたが、医師の自由な処方判断は守られるということが確認され、それならばいいと納得いただいています。
松川 八尾市歯科医師会は少し遅れて2021年9月から参加しています。当時、会内ではフォーミュラリ自体を誰も知らないという状態で「フォーミュラリとは何か」というところからスタートしました。我々も普段から薬剤師会の皆様とお互いにお声がけしていますので、協力するのは当然というスタンスです。
薬に関する知識は多くありませんが、委員会が進めていることに対し協力できることは協力していきたいと考えています。私としては会員に議論の状況を知っていただくことが重要と思っています。
豊口 私は地域フォーミュラリ委員会で委員長を務めていますが、医師会、歯科医師会、病院薬剤師の先生方との連携がうまくいっているのは本当にありがたいと思っています。
中野 当初、大阪府の後発医薬品(ジェネリック医薬品)推進事業の中で「ジェネリック推進のためには地域フォーミュラリが重要」という話があり、八尾市薬剤師会にお声がけがあったという経緯があります。しかし我々にとってフォーミュラリの目的は「患者さんのための安心・安全・有効で適正な薬物療法の標準化」です。医療費削減につながる面はありますが、そこが目的ではありません。
八尾市の後発医薬品使用割合は大阪府下では当時から上位に入っていました〔2020年4月〜12月の平均で81.6%(大阪府平均79.1%)〕が、ジェネリック推進のためにフォーミュラリに取り組むという考え方には最初から違和感がありました。ジェネリック推進は契機にはなりましたが本筋ではないというのが我々の共通認識です。
我々が進めたいことはあくまで患者さんに対する適正な薬物療法。そこは間違ってはいけないと考えています。
吉田 国が考えていることですから、医療費を削減したいという意図は当然あると思います。減らすべきところは減らし、増やすべきところは増やさなければいけないので、ある程度は仕方がないとは思っています。
中野 先ほど吉田先生がおっしゃったように、我々が一番懸念していたのは処方権の問題です。「フォーミュラリは医師の処方権を侵害する」という誤解があっては絶対にいけないということで、その辺は医師会の執行部の先生方に繰り返しご説明しご理解をいただいています。
中野 フォーミュラリを動かす上では策定手順が肝の部分となります。これが決まれば薬効群ごとに同じ方法で作成を進めればいい。しかし策定手順が未熟なものだと変な方向に動いてしまいます。委員会では半年ぐらいかけて委員の先生方のご意見をお聞きし修正をかけました。そうして承認を得たものをオープンにしています。
手順としては、まず診療ガイドラインなどの資料をベースに地域フォーミュラリの原案を作成します。そこからのステップが非常に大事で、原案をヒアリングシートとともに三師会に配布し意見をいただきます。そして、ヒアリングシートを通じて寄せられた意見を基に原案を修正し、地域フォーミュラリ案を作成します。それを三師会に確認いただき、三師会の承認を得た地域フォーミュラリ案を委員会に提出し承認を得るという手順になります。
豊口 最初は「抗インフルエンザ薬」「PPI経口剤・P-CAB」の地域フォーミュラリを策定し、2021年11月から運用を開始しました。現在は「スタチン」のフォーミュラリ作成を進めています。
中野 地域フォーミュラリの準備を進める中、厚生労働省の研究班が八尾市の医師会や薬剤師会に対して実施した意識調査で我々にとって非常にショッキングな内容がありました。診療所医師の先生方への調査で、医薬品に関する情報をどこから得ているかという質問に対し、メーカーのMR(医薬情報担当者)や卸のMS(医薬品卸販売担当者)という回答が圧倒的に多く、薬剤師という回答が15%程度しかなかったのです。
この実態を見て、我々は本当に信頼を得る薬剤師にならないといけないという思いが強くなりました。フォーミュラリを進める上でそれも重要な課題になっています。
中野 八尾市地域フォーミュラリはまだ運用を始めたばかりで、検証段階にも入っていません。まだ1つも結果を出していないというのが我々の認識です。八尾市が中心になって地域フォーミュラリを拡大していくという話は全くありません。策定した地域フォーミュラリは八尾市薬剤師会ホームページ(https://www.ypa21.or.jp/)で公開していますので、他の地域にはそれを参考にしていただきたいと思いますが、薬の処方や消費量は地域によって全然違いますので、八尾市のフォーミュラリがそのまま他の地域で使えるとは思っていません。
今後、地域フォーミュラリの事業を進めて、どの程度の効果があったかという検証結果を出し、委員会の先生方のご意見を聴きながら見直しをしていきます。地域フォーミュラリがいろいろなところで話題になることは決して悪いことではなく、将来的には近隣地域につなげて横に展開していくという流れをつくりたいとは思っています。大阪府下の一定の人口がある地区で地域フォーミュラリに関心を持っているところが何カ所かあるのは確かですので、協力はしていきたいと思います。
吉田 地域フォーミュラリは個々の開業医まではまだ浸透していません。地域フォーミュラリの議論は新型コロナウイルス感染症のパンデミックの中で始まり、医療現場では異常な事態が続いていますから、今は「処方がどうのこうの」と言いにくいのが実情です。コロナがある程度落ち着かないと進めにくいと思っています。
中野 2024年は社会保障制度の改革を行う年で、診療報酬と介護報酬のダブル改定もありますので、我々の取り組みがそうしたところに貢献できればとは思っています。
地域フォーミュラリ委員会は三師会や基幹病院が中心になって進めていかないといけません。この形ができたことがフォーミュラリを進めるための第一歩だったわけです。先生方にはいくら感謝してもしきれません。これからもお叱りをいただきながら一生懸命取り組んでいきたいと思います。
(2022年4月23日/企画・編集:日本医事新報社)
八尾市地域フォーミュラリの策定は、別表の7つのステップで進められる。
検討する薬効群(疾患別)を選定した後、関係学会の診療ガイドラインを基に薬剤選択の流れをまとめた「フローシート」と、効能・効果、用法・用量、相互作用、薬物動態、薬価、製剤の有用性などをまとめた「薬効群の比較表」を作成。八尾市薬剤師会の会員薬局を対象に使用量調査を行い、メーカーから調達した資料も吟味して原案が作られる。原案とともに三師会に配布されるヒアリングシートでは、原案について「運用可能と考えるか」「どのような修正が必要か」などの意見を求めている。
最初に手がけた「抗インフルエンザ薬」と「PPI経口剤・P-CAB」の地域フォーミュラリは2021年3月に原案(初版)が作成され、同年11月より運用が開始された。「PPI経口剤・P-CAB」のフォーミュラリには、品質12項目・安定供給7項目からなる「後発医薬品比較一覧表」で評価し一定の基準を満たした後発医薬品のリストも添えられている。
八尾市地域フォーミュラリ委員会に参加する基幹病院(八尾市立病院、八尾徳洲会総合病院、医真会八尾総合病院)の関係者の話も伺った。
いち早く病院フォーミュラリを導入した八尾市立病院の西岡達也薬剤部長と小川充恵薬剤部係長は「基幹病院が統一した取り組みを出すことは他の地域への影響も大きい」(西岡さん)、「病院フォーミュラリ作成に関わった経験を活かせる」(小川さん)と、地域フォーミュラリの策定に基幹病院が協力することの意義を強調。
他の2病院の委員も「病院のDI(医薬品情報)室には最新の情報が入ってきますので、薬剤の評価をして提案していく際に病院薬剤師の役割があると感じています」(八尾徳洲会総合病院・大里恭章薬剤部長)、「基幹病院の専門医はガイドラインに基づく治療に精通していますので、エビデンスに基づくフォーミュラリを作る上で役割を果たせると思います」(医真会八尾総合病院・坂井寿美薬剤科長)と前向きに議論に参加している。
三師会と基幹病院が揃った委員会を立ち上げられた背景には、薬局薬剤師と病院薬剤師の薬薬連携の重要性が以前から認識されていたことがある。八尾市立病院の小枝伸行事務局次長は「病院薬剤師は行政の関係者とのお付き合いがあまりありませんが、薬剤師会の皆さんは行政に近いところで仕事をされている。薬剤師会でなければ、行政も巻き込んで市全体で協力する態勢はつくれないと思います」と、地域フォーミュラリにおける薬剤師会のリーダーシップの重要性も指摘した。