先日、ある施設で10歳代の女性の診療を行っていたときに、「私ODしてました」と話されました。ODとはオーバードーズ(over dose)のことで、薬物を過量に服用することです。特に若年者の間で、市販薬などを多量に服用し、快楽や陶酔感を求める行為が増加し、社会問題となっています。残念ながら、過量内服で死に至る例も散見されます。
国立精神・神経医療研究センターが全国の精神科医療施設を対象に行った薬物依存患者に関する調査によると、症状に最も影響する薬物として市販薬が占める割合は近年増加し、2020年には覚せい剤(53%)、睡眠薬・抗不安薬(18%)に次いで第3位(8%)となりました。また、10歳代の患者に限ると、使用薬剤としては市販薬が56.4%と圧倒的に多かったです。
この背景には、医療費削減のため市販薬の服用が推奨されていることや、医薬品のインターネット販売が規制緩和されたことなどが関与していると思われます。容易に入手できることや、違法薬物でないことから罪悪感がなく、乱用につながるようです。
2014年には若年者の薬物乱用の原因として危険ドラッグが最も多かったのですが、取り締まりの効果もあり、危険ドラッグの割合は激減しました。危険ドラッグが中心となっていた当時の薬物乱用と近年の市販薬乱用を比較した検討では、市販薬乱用者は学歴が高く、薬物以外の非行・犯罪歴が少ないのが特徴であるそうです。
市販薬の乱用や依存で問題となるのは鎮咳薬、感冒薬、鎮痛薬、睡眠薬、カフェイン製剤です。わが国で乱用が報告された市販薬としては、ジヒドロコデインリン酸塩を主成分とする鎮咳薬が圧倒的に多く、メチルエフェドリン塩酸塩などを含む感冒薬、抗ヒスタミン薬であるジフェンヒドラミンを含む睡眠薬などが散見されます。
鎮咳薬は家事や仕事の意欲を高めること、不安や緊張を緩和することを目的に使用されます。これらを常習的に多量摂取すると、退薬時に筋肉痛、関節痛、嘔気、悪寒、下痢などの症状が出現するため、断薬は困難となります。ジフェンヒドラミンには中枢神経抑制作用があり、眠気が生じるほか、多量の服用で幻覚や興奮作用がみられることがあります。
市販薬を多量に服用する人は、市販薬本来の効能(鎮咳、鎮痛、感冒治療)とは異なる効果を期待しています。そして市販薬の依存症になる人は、人を信じられない、自己評価が低く自分に自信が持てない、孤独でさみしい、などの特徴があるそうです。また、過去に希死念慮を持つことや自殺企図歴があることが多いようです。
しばしば、若い人が突然亡くなることがありますが、このような市販薬に依存した人が過量内服の末に中毒死しています。最初は、常用量の数倍程度を使用していた人でも徐々に使用量が増えて、致死量を超えることがあります。若い人は快楽を追い求めていますが、危険性については盲目のようです。
ODをしている若年者には生命の危険を伝えて頂くとともに、専門的治療の場へ導いて頂きたいです。