「経口中絶薬」をご存知でしょうか? その名の通り「中絶するための経口薬」で、日本では2021年12月に承認申請され、現在審議中、2月末までパブリックコメントが募集されていました。
一部では、「中絶手術は侵襲が大きく危険、経口中絶薬は安全で女性にやさしい」という認識がみられますが、本当にそうでしょうか。
まず大前提として、中絶は「良い」「悪い」ではなく、女性のリプロダクティブ・ライツのための1つの手段です。ただ、日本では中絶できる要件が法律で定められており、当てはまる場合は人工妊娠中絶をすることができます。
現状、日本では、初期(妊娠12週未満)の中絶は手術で行われています。
中絶というのは、子宮の中の妊娠組織を体外へ出すことですが、それを手術で行うか、内服薬で行うか、方法の違いです。
経口中絶薬は、飲めば何事もなかったかのようにスッと中絶されるような「魔法の薬」ではありません。当然、腹痛や出血があります。入院しないとなると1人で腹痛や出血、中絶したという現実に対応しないといけません。
手術だからといって女性の体を痛めつけているわけではなく、麻酔がかかっている間に、短時間で、そして日本ではとても安全に行われています。中絶手術の合併症頻度は、米国に比べて日本は1/2以下です。
選択肢が増えることはよいことですが、経口中絶薬の負担が過小評価されて、楽だと思って経口中絶薬を選択した女性が「想像と違った」とトラウマを抱えるようなことにならぬよう、本当の意味で女性の負担が少なく済む形で運用されてほしいと願います。
また、医学的には、初期流産にも使用可能ですが、中絶のみが適応となっており、経口中絶薬を希望する流産の人は使用できない、もしくは不適正使用されることになりかねません。稽留流産でも経口薬を選択できるよう適応を拡大して頂きたいです。
そしてもう1つの問題は、日本では、避妊・中絶というからだの自己決定権のための大事な手段が、保険適用されずに「自費」で賄われているという点です。一方、フランスでは25歳未満の避妊のための医療行為が無料。基本的人権の享受に経済的ハードルがある状況は改善されるべきです。
日本ではまだまだ中絶への偏見もあります。経口中絶薬が承認されたとしても、誤った認識で社会にインストールされてしまっては、結局苦しむのは女性です。そうならぬよう、産婦人科医としても経口中絶薬の動きを注視していきます。
【参考文献】
▶日本産婦人科医会:第162回記者懇談会(2022年4月13日)資料.
https://www.jaog.or.jp/about/conference/162_20220413/
稲葉可奈子(公立学校共済組合関東中央病院産婦人科医長)[リプロダクティブ・ライツ][医薬品承認審査]