序 文
Evidence-based Medicine(EBM)の概念は徐々に日本へも浸透し,有効な臨床結果を集積した診療ガイドラインが各学会などを中心に作成され,医療は大きく変化してきた。生理学的知識,権威者の意見,個人的経験で治療方針が決定されていた時代とは隔絶の感がある。また我が国の医学研究では過去には基礎研究が重視される傾向があったが,近年,臨床研究の知識,体制が急速に進歩し,質の高い臨床試験結果も多く発表されている。今後も国内外から新しいevidenceが発表され,いわゆる「標準治療」は進化を遂げていくものと期待される。
婦人科領域の癌化学療法も近年その進歩は目覚ましいものがあり,新たな薬剤の開発・導入により治療成績も向上してきている。しかし,「標準治療」としての化学療法のレジメン数も増加しているために,レジメンの適応,有害事象に対する知識,臨床の場で適切な支持療法を行うことなど,我々医療者に求められる知識も格段に増えてきている。
本書ではまず婦人科癌領域での当院の治療ガイドラインを提示して,癌治療全体の中での化学療法の位置づけ,レジメンの適応を俯瞰できるようにした。その後に各レジメンの投与の実際,発現する可能性が高い,あるいは重篤化する可能性がある有害事象を挙げ,その対策や支持療法について述べている。当然,EBMを重視して書かれているが,それだけではなく,当院での日々の臨床から培われた経験的な点にも言及している。
癌化学療法においては有害事象に対する適切な対策や支持療法により,計画通りの抗癌剤治療を行うことは患者のQOLを向上させるだけではなく,予後にも影響を与えると考えられている。本書が適切かつ安全な癌化学療法を行う上での一助となり,患者のQOL・予後の改善に貢献できれば幸いである。
静岡県立静岡がんセンター婦人科部長
平嶋泰之
静がんメソッドシリーズの監修にあたって
現在の化学療法の多くは,EBMに基づき,各癌腫ごとにガイドラインが整備されてきました。しかし,実臨床においてはいわゆる「標準治療」が適応され,何も悩まずに治療できる患者さんの割合は決して多くないのが現状です。患者さんの病態,全身状態ならびに治療目的,仕事環境,家庭環境など様々な情報に,医師の経験を加味して治療法を選択するわけですが,「この治療法」という正解があることは少なく,患者さんの状態も臨床試験のように一定というわけにはいかないため,多かれ少なかれ迷いながら治療をされているのが実情だと思います。当院へのセカンドオピニオンにおいても,高齢や腎機能低下,心機能低下といった合併症を持つ患者さんへの治療といった様々なパターンの治療選択の悩みが多く見受けられます。また,他院の先生からは「セカンドオピニオンという堅苦しい形ではなくてもいいので,治療のポイントやアドバイスがもらえれば助かる」との意見もたびたび聞かれます。我々のようながん専門病院は必然的に多くの患者さんを治療するわけですが,標準治療外の患者さんの治療において悩む点は同じです。ただ,我々は様々な患者さんの治療経験の積み重ねにより,治療選択における注意点や有害事象対策におけるポイントをいくつか持っています。当然,EBMが医療の根幹であり,まずはEBMをしっかり理解し治療することが必要ですが,EBMにはない,経験から得られるポイントが実臨床で悩んだときの大きな支えになります。この本は一般的なガイドラインとは違い,当院が実臨床として培ってきた経験的ポイントを公開することを目的として作成しています。そのため,EBMのあるもの,ないものすべてが記載されていることを十分認識した上でご活用頂ければ幸いです。患者さんの視点に立ち,すべての患者さんの希望に添った最善の治療(必ずしも化学療法のみではなく,緩和治療も含めた治療)を行うための参考になれば幸いです。
最後に,多忙な中,この本を出版するにあたり御執筆頂いた静岡県立静岡がんセンターの各科の先生方に深謝申し上げます。
静岡県立静岡がんセンター副院長兼消化器内科部長
安井博史
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