東京医科歯科大学は、新型コロナウイルス感染症(以下、「コロナ」と略)との闘いに全学を挙げて第一波から取り組み、附属病院の累計重症者受け入れ数は都内で第1位である。私は2020年4月に学長に就任することとなり、全体の責任を負うことになった。記憶が忘却の彼方へ消えていくのは、コロナの恐怖や焦燥がまるでなかったような日常を取り戻しつつある社会の現状を見れば明らかである。今、資料や日記によりその経験を振り返ることは、近未来に想定されている次のパンデミックへの備えとして意味があると考えた。
2020年1月、政府専用機で武漢から帰国した人々の収容施設の支援に職員を派遣したのが本学の最初の活動である。2月には、ダイヤモンド・プリンセス号内で発症した患者の搬送と船内診療支援の目的で職員を派遣したが、この頃本学附属病院の入院患者にコロナ疑い例(実際は陰性)が出て、一挙に緊張が高まった。
2月27日に本学最初のコロナ対策会議が開催されたが、危機感はあるものの論点が何かさえはっきりしなかった。この頃、大学理事への就任を依頼していたインペリアル・カレッジ・ロンドンの高田正雄教授から伝わる英国の情報はきわめて深刻だった。1日のコロナ陽性者数が3月1日の64名から10日間で880人となり(わが国では14名から60名)、ICUに入れるか否かが生死の分かれ目、対応する医療者は感染の恐怖にさらされ定期的なPCR検査や家族への感染を避けるための宿舎代わりのホテル借り上げが行われているなど、リアルな話が伝わってきた。同様の情報は、米国やドイツにいる卒業生からも伝わってきた。
3月11日には遂にWHOがパンデミックを表明し、私も21日の日記には「学長としての最初の仕事はコロナ対応と確信した。感染の拡大による医療崩壊まで(2週間?)の間に準備をしなければならない」と記している。
田中雄二郎(東京医科歯科大学学長)[新型コロナウイルス感染症]