編著: | 菅谷憲夫(神奈川県警友会けいゆう病院名誉参事、慶應義塾大学医学部客員教授) |
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判型: | B5判 |
頁数: | 320頁 |
装丁: | 2色刷 |
発行日: | 2022年12月06日 |
ISBN: | 978-4-7849-5483-4 |
版数: | 第1版 |
付録: | 無料の電子版が付属(巻末のシリアルコードを登録すると、本書の全ページを閲覧できます) |
鼎談 インフルエンザ,COVID-19のトピック2022-23
chapter
chap. 1 総 論
A:COVID-19とインフルエンザ─同時流行の危険性は高い
B:これからのインフルエンザ対策
C:鳥インフルエンザの最新状況
D:COVID-19の臨床と今後の対応
chap. 2 ウイルス学的知見
A:インフルエンザウイルス
B:SARS-CoV-2
chap. 3 予防・治療
A:成人・高齢者のインフルエンザの予防・治療
B:小児のインフルエンザの予防・治療
C:妊婦のインフルエンザ,COVID-19の予防・治療
D:小児のCOVID-19の予防・治療
chap. 4 ワクチンの有効性
A:インフルエンザワクチン
B:各種COVID-19ワクチンの特徴と開発状況
chap. 5 治療薬
A:インフルエンザ治療薬
B:COVID-19治療薬
chap. 6 検査・診断
A:インフルエンザの迅速診断
column 1 インフルエンザとCOVID-19の同時流行時の検査
column 2 呼吸器感染症の検体採取
B:COVID-19の抗原検査
column 3 唾液によるCOVID-19の抗原検査
column 4 COVID-19のPCR診断
C:COVID-19の抗体検査
chap. 7 院内感染対策
column 5 高齢者施設のインフルエンザ,COVID-19対策
chap. 8 学校での感染対策
chap. 9 インフルエンザ脳症および新型コロナウイルス感染症に伴う急性脳症の診断・治療
chap. 10 COVID-19後遺症
A:成人
B:小児多系統炎症性症候群(MIS-C/PIMS)
Q&A
Q1 インフルエンザワクチンとCOVID-19ワクチンの同時接種について
Q2 セルフチェックとして行われているCOVID-19の迅速抗原検査について
Q3 気管支喘息患者がインフルエンザに罹患した場合のステロイド吸入・内服投与について
Q4 血液腫瘍患者,HIV患者など免疫が低下している場合のインフルエンザワクチン,COVID-19ワクチンの効果について
Q5 マスク・手洗い・うがい,室内空気を対象とした種々の感染対策製品のインフルエンザとCOVID-19に対する予防効果について
Q6 インフルエンザの院内感染防止対策として,オセルタミビルの治療量を予防として使用することについて
Q7 沖縄県でのインフルエンザとCOVID-19流行の特徴について
Q8 COVID-19が他の感染症の流行に及ぼした影響について
索 引
日本ではCOVID-19の大流行,第7波が続き,COVID-19の感染者数,死亡者数が急増した。それでも日本の感染者数は欧米諸国と比べて少なく,2022年9月10日時点で人口の16%が感染したにとどまっている。一方,欧米諸国は人口の70~80%が感染したと考えられるので,依然として日本の人口における感染割合は欧米諸国の1/5程度である。注意すべきことは,日本とともに世界の“優等生”と言われ感染者の割合が少なかった国々,たとえば韓国やオーストラリアでも,オミクロン株出現以降,患者数が激増し,それぞれ人口の46%と39%が感染者となっていることから,日本でも今後,大規模な流行が続く,あるいは繰り返す可能性がある。
欧米はマスク着用義務も日常行動の制限も廃止し,入出国制限もないが,それは大多数の国民がCOVID-19感染を経験して,既に免疫を獲得し,一定の集団免疫があると判断しているからである。それに対して日本では,ワクチン接種率を反映した抗S抗体の保有割合は欧米と大差はないが,感染者の割合を反映する抗N抗体は低く,日常生活の制限などを欧米並みに解除すればCOVID-19感染者数は急増し,今までに経験したことのない多数の死亡者が出る危険がある。
日本は2022年9月8日時点で,人口100万人当たりのCOVID-19累計死亡者数は338人であるが,総人口が1億2,500万人とすると4万2,250人の死亡数となる。韓国の人口100万人当たりの死亡者数(528人)を日本の人口に換算すると6万6,000人,オーストラリア(554人)は6万9,250人となる。“優等生”諸国でも日本の1.6倍のCOVID-19死亡が出ていることがわかるが,これらは,ほとんどが2022年1月からのオミクロン株流行時の死亡で,これは「オミクロン株は軽症」は誤りであることを示している。一方,英国,フランス,米国などの欧米諸国の死亡者数となると,日本の人口に換算すれば,30万~40万人の死亡となり,欧米では日本(約4万人)のおよそ10倍の甚大な被害が発生したことがわかる。抗N抗体をもとに比較すると,欧米諸国は日本に比べて約10倍のCOVID-19感染者が発生し,結果として日本の10倍前後の死亡者が出たことで一定の集団免疫を獲得し,現状の感染者,死亡者数はマイルドな増加となっている。
日本が安全なウィズ・コロナの社会に向かうには,現在のワクチンでは限界があり,ニルマトレルビル/リトナビル(パキロビッド®パック),モルヌピラビル(ラゲブリオ®)などの経口抗ウイルス薬を使用した早期治療を確立すべきである。そうすれば,COVID-19感染が拡大しても死亡の急増に直面することなく,多くの日本国民は感染から回復して一定の集団免疫を獲得することになる。
現在日本では,COVID-19の経口抗ウイルス薬が十分に使われていないが,これは問題である。米国では政府もマスコミも,高齢者やハイリスク患者には経口抗ウイルス薬,ニルマトレルビル/リトナビルで治療することを積極的に勧奨し,基礎疾患などに対する他の治療薬との相互作用で使用できない場合のみ,モルヌピラビルを使うことになっている。米国政府は,test to treatプログラムにより,全米の薬局などでCOVID-19経口抗ウイルス薬治療への迅速なアクセスを提供している。test totreatサイトでは, 検査を実施して陽性で重症化リスクが高いと判断された場合は,ニルマトレルビル/リトナビルなどの処方箋を発行し,受診したその場で診断・治療が可能となる。COVID-19大流行の最中にあり,死亡例が急増している日本では,今はワクチン接種を勧奨する時機ではない。重症化防止効果があるニルマトレルビル/リトナビル,あるいはモルヌピラビルにより,高齢者,ハイリスク患者の経口抗ウイルス薬治療を推進する時機である。
昨シーズン,北半球ではCOVID-19流行と同時にインフルエンザ流行が戻ってきた。また南半球のオーストラリアでは,2022年5~8月まで,A香港型(H3N2)インフルエンザが大きな流行を起こした。2シーズン連続してインフルエンザ流行のなかった日本では,今シーズンはインフルエンザ流行に特に警戒が必要である。インフルエンザが一度流行すれば,現状の発熱外来にCOVID-19とインフルエンザ診療を任せることは不可能である。同時流行したときは,多くの病院やクリニックが発熱患者の診療を引き受けなくては,患者の適切な治療は不可能となる。10月27日には,発熱外来への診療報酬への上乗せが2023年3月まで延長されることにもなった。同時流行下では,インフルエンザ迅速検査とコロナ抗原検査で鑑別し,インフルエンザが陽性であれば全例をノイラミニダーゼ阻害薬で早期治療,COVID-19が陽性であれば高齢者とハイリスク群は,経口抗ウイルス薬で早期治療とするのが望ましい。
2022年10月 菅谷憲夫