編著: | 菅谷憲夫(神奈川県警友会けいゆう病院 名誉参事,前 神奈川県警友会けいゆう病院 感染制御センター長,WHO Public Health Research Agenda for Influenza 委員) |
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判型: | B5判 |
頁数: | 234頁 |
装丁: | 2色刷 |
発行日: | 2024年10月29日 |
ISBN: | 978-4-7849-5485-8 |
版数: | 第1版 |
付録: | 無料の電子版が付属(巻末のシリアルコードを登録すると、本書の全ページを閲覧できます) |
●インフルエンザと症候の似ている新型コロナウイルス感染症,RSウイルス感染症をまとめて解説しました。
●経鼻インフルエンザ生ワクチンFlumist,咽頭画像によるインフルエンザAI判定の最新情報など日常診療で知っておきたいトピックがわかります。
●患者さんに聞かれる機会もある,mRNAワクチンへの懸念についても専門家が解説しています。
序文
chap. 1 インフルエンザ総論
A.総論
B.鳥インフルエンザの最新状況
chap. 2 インフルエンザのウイルス学的知見
chap. 3 インフルエンザの予防・治療
A.成人,高齢者
B.小児
C.妊婦
chap. 4 インフルエンザワクチン
A.不活化インフルエンザワクチン
B.経鼻弱毒生インフルエンザワクチン
chap. 5 インフルエンザ治療薬
chap. 6 COVID-19の予防・治療
A.成人,高齢者
B.小児
C.COVID-19ワクチン
topics 日本のCOVID-19の超過死亡
chap. 7 RSウイルス感染症の予防・診断・治療
A.高齢者
B.小児
chap. 8 インフルエンザ・COVID-19の検査
chap. 9 インフルエンザ脳症,COVID-19に伴う急性脳症,RSウイルス感染症に伴う急性脳症の診断・治療
chap. 10 呼吸器ウイルスの院内感染対策
chap. 11 呼吸器ウイルスの学校での感染症対策
Q&A
Q1 血液腫瘍患者,HIV患者など免疫が低下している場合のワクチンの効果について
Q2 マスク・手洗い・うがい,種々の室内空気感染対策のインフルエンザやCOVID-19に対する予防効果について
Q3 咽頭画像によるインフルエンザAI判定法とは?
Q4 咽頭画像によるインフルエンザAI判定システムについてどう考えるか
Q5 成人:検査でインフルエンザ,COVID-19いずれも陽性になった場合(同時感染)の対応は?
Q6 小児:検査でインフルエンザ,COVID-19いずれも陽性になった場合(同時感染)の対応は?
序
日本は今季,インフルエンザ流行は“正常化”するか
●欧米諸国は例年のインフルエンザ流行に戻る1)
欧米諸国では2020-21年シーズンのみ,インフルエンザ流行はなかった。しかし,翌2021-22年シーズンには,A(H3N2)の小規模流行,続く2022-23年シーズンは,インフルエンザとしては,10~11月と異常に早期に始まるA(H3N2)中心の大規模な流行となった。昨シーズンは,多くの欧米諸国では,新型コロナウイルス出現前と同様に,12月に流行が始まり,1~2月にピークを迎えるという,例年の“正常
化”したインフルエンザ流行パターンに戻った。これは,人々のインフルエンザ感染症に対する免疫が回復した影響と思われる。
人々に免疫がない場合は,インフルエンザも季節性が消失する。たとえば,新型インフルエンザ出現時には,冬ではなく春や秋,時には夏にも流行する。1958年のアジアかぜ,1968年の香港かぜは,春から秋に流行した。
●日本ではA(H1N1)pdm09,A(H3N2),B型の大規模混合流行
日本は欧米諸国とは異なり,2020-21年,2021-22年シーズンと2年連続して,インフルエンザの流行はなかった。続く2022-23年のシーズンは,3年ぶりのA(H3N2)流行となったが,推定患者数439万人の小規模な流行であった。昨シーズン(2023-24年)は,A(H3N2),A(H1N1)pdm09,B型ビクトリア株による,大規模なインフルエンザ混合流行となり,推定患者数は,前年度の約4倍となる約1,800万人に達した(図1)2)。そのため,多くの国民が一定の免疫を獲得したと思われ,今季からは,例年通り12月からインフルエンザが流行し,1~2月にピークという“正常”なパターンになる可能性が高いと筆者は考えている。
●高病原性鳥インフルエンザA(H5N1)の再来
2024年になって, 米国の乳牛の間で高病原性鳥インフルエンザA(H5N1)が流行していることが報告された3)。高病原性鳥インフルエンザ(highly pathogenic avian influenza:HPAI)とは,家禽(ニワトリ)に対して,きわめて感染力が強く致死的であるという意味で,人に対して病原性が高いという意味ではない。養鶏場の家禽が感染すると,数日で数千,数万の家禽が斃死する。
●香港でのA(H5N1)インフルエンザ発生
1997年5月に香港で, 肺炎で死亡した3歳男児の気管吸引材料からHPAI A(H5N1)ウイルス(以下,H5N1)が分離された。同年12月までに,さらに17名の患者が確認され,5名が死亡した。H5N1は主に腸内で増殖し,家禽の糞に大量に含まれるが,空気中に微粒子となったウイルスを含む糞を,人が吸入し感染したと考えられた。香港の生きた家禽を売買するマーケットが,人への感染源となった。
●東南アジアでのA(H5N1)インフルエンザ流行
1997年以降,H5N1の分離は減少したが,遺伝子再集合を繰り返し,宿主は家禽からガチョウ,アヒルなど野生の鳥類に拡大した。2003年頃から,東南アジアでH5N1が流行し,868名が感染し457例の死亡例が報告され,致死率は52.6%ときわめて高かった4)。しかし,人から人への感染の報告は,ほとんどなかったことが重要である。
●A(H5N1)に人が感染しない理由
人は上気道に鳥インフルエンザウイルスのレセプターを持たないので,人から人への感染例はほとんど報告されていない。鳥ウイルスの赤血球凝集素は,ガラクトースにα2,3結合したシアル酸を認識する。鳥体内でのウイルス増殖の場は消化管であるが,そこの細胞には,α2,3結合したシアル酸が豊富に存在する。一方,人の上気道にはα2,3結合したシアル酸は存在せず,α2,6結合したシアル酸のみなので,鳥インフルエンザは人に感染しない。ただし,人の下気道にはα2,3結合したシアル酸が存在するので,H5N1に感染した家禽と濃厚に接触し,ウイルスが下気道に達すると,稀に人に感染する。
●米国でA(H5N1)が乳牛に感染し,さらにヒトに感染3)
2024年3月,米国CDCは,テキサス,ミシガンなど9つの州で,乳牛のH5N1感染が初めて確認されたことを発表した。乳牛の症状は食欲低下,乳量の減少などであるが,軽症で牛の死亡例は2%と少ない。分離されたウイルスは,ユーラシア系統のgoose/Guangdong clade 2.3.4.4bで,今までに米国で野生の哺乳類で分離されたものと同じである。米国では,2022年以降,ボブキャット(米国に生息するネコ科のオオヤマネコ)などの哺乳類からのH5N1 分離が200件以上も報告されている。
さらに米国CDCは , ウイルスに感染した乳牛と接触した酪農場の従業員2名のH5N1感染も明らかになったと発表した(2024年6月時点)。H5N1が哺乳類に感染し,そこから人への感染が明らかになった,初の報告である。その後,罹患した酪農場の従業員は,合計で3例となった。3例中2例は結膜炎の症状のみであったが,1例は呼吸器症状を呈した。今のところ,全例,軽症と報告された。搾乳作業中に生の乳が飛散し感染したと考えられる。
●米国ではH5N1の遺伝子が市販牛乳からも検出
米国では,市販の牛乳からH5N1の遺伝子断片が検出されたことも報道されたが,牛の乳房の中でH5N1ウイルスが大量に増殖するので,遺伝子の断片が検出されたことは驚くべきことではない。そのため,生乳の摂取は危険であるが,市販の牛乳はすべて殺菌されているので安全だという。
現時点では,人から人への感染はない。今までに実施された調査では,人への感染力が増加するようなウイルスの変化はない。米国政府は乳牛の移動制限を指示し,不顕性感染もあるので,乳牛が州間で移動するときはPCR検査を義務づけた。H5N1が,養鶏業界から酪農業界に拡大したわけである。
人から人への感染を起こすことがないのであれば危険性は低く,人への大きな脅威にはならないのが原則ではあるが,ウイルスが徐々に哺乳類に適応していく過程であることは間違いなく,人から人に感染しやすくなる変異を獲得する懸念もある。
テキサス州などのH5N1が発生した酪農場で,生の牛乳や初乳を飲んだネコ7匹がH5N1陽性となり死亡した5)。ネコが感染した場合は重症化することが知られている。
●世界各国が対策を検討開始
WHOをはじめとして,米国,カナダなど,世界各国はH5N1がパンデミックを起こした場合の対策を検討している。たとえば,パンデミックワクチンは,短期間に全年齢層の国民に接種が必要となるので,mRNAワクチンの開発などが考えられ,抗ウイルス薬はノイラミニダーゼ阻害薬(neuraminidase inhibitor:NA阻害薬)ではなく,ファビピラビルやバロキサビルなどが中心となるかもしれない。
菅谷憲夫
編集部注:図と文献は省略。書籍にてご確認下さい。