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【識者の眼】「COVID-19流行対策、患者対応における倫理的課題(1)─DNARと患者の入院調整」西條政幸

No.5187 (2023年09月23日発行) P.61

西條政幸 (札幌市保健福祉局・医務・健康衛生担当局長、国立感染症研究所名誉所員)

登録日: 2023-09-11

最終更新日: 2023-09-11

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本連載を担当して久しい。これまで感染症、ウイルス学の話題を中心に取り上げてきたが、今回からCOVID-19流行対策、患者対応における倫理的課題について考察したい。

DNAR(Do Not Attempt Resuscitation)という言葉がある。日本救急医学会の定義によると、患者本人または患者の利益に関わる代理者の意思決定をうけて心肺蘇生法を行わないこと、とある。さらに、患者ないし代理者へのインフォームドコンセントと社会的な患者の医療拒否権の保障が前提となる、とも書かれている。

札幌市におけるCOVID-19流行で、致命率が最も高かったのは2021年4〜6月にかけてのSARS-CoV-2 α株によるものであった。当時はまだ高齢者やリスクのある患者へのワクチン接種はなされていない時期であり、この流行時の致命率は約3.5%であった。特に高齢者や透析を受けている者の致命率はとても高かった。

COVID-19患者のために確保されている病床数は、症状の重いCOVID-19患者数に比較してきわめて少なく、実際には入院調整が必要な患者の多くに入院治療を提供することができなかった。

私たち保健所の医療職が入院調整を行う際、特に高齢のCOVID-19患者の入院調整を行う際には、多くの医療機関の医師はDNARが取得されているかどうかを私たちに確認するのが現実であった。このため患者が高齢の場合、病状や基礎疾患を勘案した上で、保護者や家族の方々にDNARについて確認する必要があった。患者の家族や責任者の方々は、私たちがDNARを確認することにとても戸惑われたと同時に、DNARを認めなければ入院調整をしてもらえないのではないかと考え、希望に反してDNARを認めた方もおられたことと思う。入院治療を提供するためにDNARを認めるよう促す説明をしたこともあった。もちろんDNARを希望しない患者もおられたが、その場合、入院調整はより困難となった。

私たちは患者を直接診ておらず、患者のことをよく理解していないにもかかわらずDNARについて確認すること、DNARを認めるように仕向ける説明をすることは、適切な行為ではないかもしれないが、一方でCOVID-19のことを理解している者としての行為であり、一概に否定されるべきこととも考えていない。それぞれの医療機関には求められている役割に違いがあるので、各医療機関がDNARについて一律に運用することは難しいと考えているが、原則的にはDNARの有無が当該患者を受け入れるかどうかの重要な判断基準であってはならないのではないか。DNARのことで、患者やご家族が私たちに強い不満や不信感を抱かれたことも多かったと考えている。

患者への医療提供とDNARのあり方の問題は、COVID-19流行のような感染症流行時に特別なことではないはずであり、医療界におけるユニバーサルな課題である。COVID-19流行を経験したことを機に、社会全体であらかじめこの問題を議論することが必要ではないかと考えている。

西條政幸(札幌市保健福祉局・医務・健康衛生担当局長、国立感染症研究所名誉所員)[保健所][高齢者]

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