1年ほど前に、某地方大学理学部の知人から、最近の困った話を聞いた。規制当局から、大学における研究は主たる業務なので超過勤務の対象になる─との指摘を受けたとのこと。当事者ではないので詳しい内容はわからないが、裁量労働制をとっているからといっても、働き方によっては残業とみなすとの指摘であったらしい。動物相手の研究をして成果を挙げているため、夜遅くなったり徹夜になったり、休日にも大学に出ていって世話をしなければならない。ただでさえ少ない研究費から追加の給与を払うことはできないので、夜実験室に出てくる時は暗幕を閉めて外に光が漏れないようにしなさい、との通達が出されたとのことであった。
その後の顛末は知らないが、法令に基づいて、時間管理によって労働者の健康と待遇を保障しようとする当局と、業務の尺度は時間だけとは考えていない職業との乖離を感じざるを得なかった。
留学していたときに感じたことであるが、このような実験を行う場合に、米国では動物の飼育をしてくれたり、動物に麻酔をかける準備をしてくれたりする仕事はすべてその専門職が担っていた。これに対して日本の多くの施設では毎日の餌やり、実験の準備、後片付けまで研究者が担当している。人材の圧倒的な差、つまりは研究費の差を埋めながら、研究レベルで欧米に追いつき追い越すために、やむを得ない対応をしている研究者たちに敬意を感じざるをえない。
日本の病院勤務医も同様に、構造的に多忙な勤務を強いられている。人口1000人当たり2.4人とOECD加盟38カ国中27位と少ない医師が、多数の中小規模の病院と、圧倒的に多い病床を担当するため、病床当たりの医師数は米国の5分の1、英国の6分の1にとどまっている。
つまり少数の医師が診療に追われるために、病院勤務医は時間外にも働くことによって病院運営が成り立っている。そのような状況に加えて、病院では医師以外の医療従事者、事務職員も欧米に比べて非常に少ない。そのため医師として必要な業務以外も担っており、より多忙になっている。このような勤務医の状況を敬遠してか、診療所数は最近でも増加しており、病院勤務医の多忙さは改善されない一因になっている。
病院の再編統合、役割分担と連携は、少ない医師に効率的に働いてもらう上で重要である。統合によって大きな病院ができることに反対もあるが、統合した中核病院をハブにして、役割が異なる病院が連携を取ることによって、医療を効率化することが重要である。この10数年兵庫県ではこの取り組みを進めてきた。兵庫県の医師数は2008年の約1万1600人から20年には約1万4500人と2割以上増えている。また、残業時間が年960時間を超える勤務医は、同規模の自治体病院では20%を超えるにもかかわらず、兵庫県立病院では5%程度にとどまっている。兵庫県の試みが、医師の増加を通じて医師の働き方改革に資することになると考えている。
前段で述べたが、病院の診療報酬が上がらない一方、様々な経費、人件費が高騰する中で、医師の数を増やす、タスクシェア/シフトのための人材を採用する、DXを進めるといった費用のかかることは中々進められない。様々な取り組みを地道に続けながら健康で働きやすい環境を整備して、病院をめざす医師を増やして、医師の働き方改革を実現していきたいと、切に願っている。
杉村和朗(兵庫県病院事業管理者)[医師数][病院勤務医][病院の再編統合]