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「ヘッセイスト」としての10年間 / 隠居生活の道険し / 隠居の極意 [なかのとおるの御隠居通信 其の23]

No.5213 (2024年03月23日発行) P.64

仲野 徹 (大阪大学名誉教授)

登録日: 2024-03-20

最終更新日: 2024-03-15

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10年間の長きにわたりました連載、いよいよ涙の最終回であります。どうぞっ!

「ヘッセイスト」としての10年間

最近、最相葉月さんの『母の最終講義』(ミシマ社)をレビューする機会があった。言うまでもなく最相さんは超一流のノンフィクションライターだが、エッセイも同じくらいに抜群だ。なので、「最相さんのをエッセイというならば、私のなどはヘタレのエッセイでヘッセイ」レベルではないかと書いた。自称エッセイストならぬ「ヘッセイスト」である。(興味ある人は【母の最終講義×仲野】で検索して読んでみてください)

光栄(?)なことに、最相さんから人づてに「ヘッセイ、私も書きたい〜!」というコメントを頂戴した。上手な人が下手に書くというのは意外と難しいんとちゃうかと思っているのだが、どうですやろ。

自分の文章、10年前のと比べると、多少はうまくなっているような気がするけど、あかん。こういうのは運動とか音楽とかといっしょで、持って生まれた才能があるような気がしてしかたがない。10年の長きにわたりおつき合い頂いた読者の方、もしもおられたらだけれど、には、誠に申し訳ないことである。えらいすまんこって

えらそうなことを言うようだが、晩節を穢したはるなぁと思う人がよくおられる。なにごとも、そうなる前にやめておきたい。編集部に、いつまであんなヘッセイを連載させてんねんアホボケカス、とかいう投書が来る前にと考え、ちょうどキリのよい10年での引退を申し出た次第である。「御隠居通信」としては中途半端に其の23で終了となってしまうけれど、いたしかたなし。

隠居生活の道険し

隠居したら、あれもしたいこれもしたいと思っていた。たとえば、古典をじっくり読むとか、短歌を本格的に習うとか、日本百名山を制覇するとか、僻地旅行に精を出すとか、依頼頂いている本を片っ端から書きまくるとか。しかし、悲しいことにほとんどできていない

古典と短歌にはまったく手をつけられてない。百名山にいたっては、以前書いたように、北岳テント登山があまりにきつかったので、ギブアップを宣言してしまったほどだ。執筆に関しては、ようやく1冊目が出るところまでこぎつけた。とはいえ、これは、以前に書きためていたのをまとめたものでしかない。家庭菜園が順調なのだけがかろうじて及第点といったところだろうか。

意外だったのは旅行である。引退したら、あちこちに行きたくて仕方なくなるのではないかと予想していた。しかし、現実はまったく違った。しばらくの間、旅行意欲が著しく減退してしまったのである

いくつかの理由に思いいたる。ひとつは、母親の認知症が急速に進行したことである。これはどうしようもなかった。宅急便が来ても、インターフォンでの応対はできるのだが、受け取りに出られない。配達の人には大迷惑である。本人も不安がるし、ひとりで家に置いておけなくなった。

新型コロナで長期の旅行をしていなかったことも、理由のひとつだろう。そしてもうひとつ、意外と大きかったと思っているのは、仕事からの逃避として旅行していたのではないかということである

もともとあまり仕事好きではなかった。なので、現役時代は旅行に出ることやその計画を練ることが心の慰めになっていたようなところがある。だが、その仕事から離れたのだから、そんなことをする必要がなくなってしまった。ややネガティブな理由だけれど、このファクターは看過できない。

しかし、である。そんな「旅行へ行かなくてもええわ」的な考えは、前回紹介したパタゴニアトレッキングで一気に霧散した。行ってみたら、やっぱりむちゃくちゃおもろかったからだ。が外れたように、今は、あちこちへ行きたくてたまらない。我ながら不思議なことではある。

隠居の極意

隠居してよかったですかと尋ねられたら、迷うことなくイエスと答える。なによりもストレスがない。嫌な人に会う必要がないのが大きい。あまりなにもできていないとはいえ、自由時間は腐るほどある。

すこし大げさかもしれないが、隠居するかどうかは、人生に対する考え方による。私の場合は、若い頃から、できるだけ早く仕事を辞めて隠居するのが夢だった。そのために一生懸命働いてきたようなものだ。一方で、高齢になっても働いておられる人たちを見ると素直に頭がさがる。

もし、あなたが前者で、いつか隠居をと考えておられるならば、アドバイスがふたつある。それは、経済的な事情もあるかもしれないが、できるだけ早くに始めること。隠居すれば無尽蔵に時間があるように思っていたけれど、決してそのようなことはない。もうひとつは、隠居してからやってみようと思うことがあれば、現役時代にスタートしておくことだ

ふぅ。最後、ちょっとえらそうに書いて、連載を終わります。みなさん、ホンマにありがとうございました。感謝です!

仲野 徹 Nakano Toru
大阪市旭区生まれ。1981年阪大卒。2022年4月より阪大名誉教授。趣味は読書、僻地旅行、義太夫語り。『仲野教授の笑う門には病なし!』(ミシマ社)大好評発売中!

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