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【識者の眼】「スウェーデンにおける研究倫理スキャンダル」渡部麻衣子

No.5216 (2024年04月13日発行) P.60

渡部麻衣子 (自治医科大学医学部総合教育部門倫理学教室講師)

登録日: 2024-03-27

最終更新日: 2024-03-27

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スウェーデンの研究機関で人を対象とした調査を行う場合には、スウェーデン倫理審査局(Swedish Ethical Review Authority)という国の機関で、審査を受ける必要があります。スウェーデンは、多国籍の研究者を積極的に受け入れており、職場内の会話にはほとんど英語が用いられるため、スウェーデン語がまったくできなくても日常的には不便を感じません。しかし、この倫理審査の段階で突如、言葉の壁が登場します。なぜなら、倫理審査のための書類をすべてスウェーデン語で作成しなければならないからです。もちろん翻訳を外注すればよいだけなので、実質的にはそこまで負担はないのですが、やはり自分が読めない文書を提出することには不安もあり、心理的負担は大きいと感じます。しかも有料なので、日本のように機関内の倫理審査委員会で無料の審査を受けるつもりでいると、そのことにも驚くかもしれません。

そんなことを同じく海外から来た研究者に愚痴っていたら、Netflixに面白いドキュメンタリーがあるから観るといいよと、勧められました。スウェーデン語では“Skandalkirurgen”(外科医スキャンダル)と題されたこのドキュメンタリーは、先進的な再生医療手術を行う外科医として、一時は世界的に有名になったカロリンスカ研究所附属病院所属の医師、Paolo Macchiariniによる研究不正を追ったものです。Macchiariniは、共著者らと2014年にNature Communication誌で、自身の開発した再生医療手術を報告します。これに疑義が呈されたことが、不正の露見するきっかけとなりました。カロリンスカ研究所の報告によると、不正が確定する前から、Macchiarini自身がスウェーデン政府からの助成金を受けられなくなるだけでなく、カロリンスカ研究所に所属するノーベル医学生理学賞の審査員たちが辞任するなど、影響は拡大していきました。結局2016年に、研究所もMacchiariniらの研究不正を認め、MacchiariniらがNature Communication誌で発表した論文は、取り下げられました。

ドキュメンタリーを勧めてくれた研究者によると、スウェーデンにおける研究倫理審査が、国の機関によって厳密に行われるようになったきっかけの1つが、このMacchiariniスキャンダルだったそうです。研究環境をより善くするためには、倫理審査が厳しいのも仕方がないと、納得するしかないようです。そんなわけで、引き続き書類作成を頑張りたいと思います。

渡部麻衣子(自治医科大学医学部総合教育部門倫理学教室講師)[カロリンスカ研究所[Macchiariniスキャンダル]

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