ヒトの寄生線虫として最も頻度が高いもののひとつであり,成虫は体長が30cmにも及ぶ巨大な寄生虫である。有病地は全世界に分布するが,特に熱帯・亜熱帯地域に多い。感染者は全世界で10億人以上と推定されている。糞便中の虫卵から経口感染するので,流行は生活環境の衛生状態と深く関係している。
日本ではかつて「国民病」と言われるほど高い感染率を示したが,人糞を用いない農業形態への転換や環境衛生の改善により,国内ではきわめて低率になった。しかし今日でも,なおゼロではない。国内では虫卵に汚染された輸入食材からの感染を疑うことが多かったが,最近になってブタ回虫のヒト寄生が遺伝子検査から確認されるようになり,日本国内のブタ飼育地域での感染が疑われるようになっている。
回虫は幼虫包蔵卵を経口摂取して感染し,孵化した幼虫は体内組織を移行して,肺から気管に出てきて喉頭を経由して,最終的に小腸で成虫に発育する。発育の各ステージで回虫の存在による機械的障害に基づく症状がみられる。幼虫の体内移行で肺を通過する際に一過性の好酸球性肺浸潤(pulmonary infiltration with eosinophilia:PIE)を示すのが典型的であったが,少数寄生では自覚されないことが多い。成虫の小腸寄生による不定の消化器症状も,少数寄生では気づかれることがない。
臨床的に問題となるのは,稀に消化器の手術後に口から成虫を吐出することや,消化管に開口する胆管や膵管,虫垂などに成虫が迷入して嵌頓すると激しい腹痛を示し,黄疸や膵炎,肝機能障害などに進行すること,などである。
血液所見としては好酸球増多が起こりうるが,少数寄生では顕著ではない。
診断は糞便検査で虫卵を確認して行うが,雌成虫1匹で20万個の産卵をするので,糞便の直接塗沫法で診断可能である。雌だけの単数寄生の場合は未受精卵が排出されるので,糞便中の虫卵の観察から単数寄生の判断も可能である。血中抗体の検出はスクリーニングには用いられるが,確定診断の情報にはならない。
近年,日本国内では人体からブタ回虫成虫の摘出事例が報告されているが,今日までに,糞便検査でブタ回虫の診断が可能かどうか確実ではない。最近の沖縄県でのブタ回虫寄生症例でも糞便の虫卵検査では陰性であった。血清診断でも鑑別は困難である。
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