直近での世界人口は増加の一途だが、多くの国々で出生率は低下し続けている。2024年3月、世界の疾病負荷プロジェクト2021(GBD)によって、2100年までの世界の出生動向に関する推定結果が医学誌Lancetに発表された。それによれば、2050年までに204の国・地域の76%で出生率が人口の維持が困難な水準に低下し、2100年までに97%に及ぶという。
日本で「少子化」が政策課題として認識されたのは1990年のことだが、その後長きにわたって、その資源投入はきわめて限定的であった。国立社会保障・人口問題研究所の社会保障費用統計をみると、家族関係社会支出の対GDP比が1%に上昇するまで10年以上かかっており、2013年度に1.13%に達してからは、2020年度には2.01%まで上昇した。しかし、それでもOECD諸国の平均値(2.11%)には達しておらず、高齢関係社会支出が9.1%であるのに比べれば少ない。その上、日本の将来推計人口(2017年推計)では、出生数が80万人を割り込むのは2030年という予測だったが、実際には8年前倒しして2022年に訪れた。
そこで日本政府は、本当に遅まきながら、こども関連施策への投資を加速した。2023年12月に閣議決定された「こども未来戦略〜次元の異なる少子化対策の実現に向けて」は、歴代の少子化関連文書と比べるとなりふりかまわない筆致の文書であり、一読をお勧めしたい。
「こども未来戦略」の基本理念は、若い世代が「将来に明るい希望」を持てるよう、①若い世代の所得を増やす、②社会全体の構造・意識を変える、③すべての子ども・子育て世帯を切れ目なく支援する─という3つである。そして「これから6〜7年がラストチャンス」と位置づけた上で、特にこの3年間の集中的な取り組みとして「加速化プラン」を展開するとしている。具体的には、一過性ではない構造的賃上げの実現、長時間労働による「ワンオペ」育児の解消、短時間労働者が保険料負担の回避のために行う就業調整(いわゆる「年収の壁」)への支援策の提供、妊娠・出産期から0〜2歳への支援強化などが謳われている。この「加速化プラン」で子ども1人当たり家族関係社会支出は対GDP比で11.0%に達すると推計しており、これはOECDトップのスウェーデンと同等の水準だとされる。
一方、2024年3月、欧州生殖医学会(European Society of Human Reproduction and Embryology)は、環境曝露による生殖能力や性と生殖の健康への影響を危惧する文書を公表した。それによると男性では、生殖器異常、精液の質の低下に関連した不妊症、若年成人期の精巣生殖細胞がんなどの報告が増えており、いずれも胎児期の環境影響による精巣形成不全症候群に関連している可能性があるという。女性では、大気汚染や化学物質への曝露が、第二次性徴の不調、流産、子宮内膜症、排卵機能の低下、不妊・不育症、閉経の早期化などに関連すると警告する。
環境による健康影響は、「こども未来戦略」が検討していない論点だが、若い世代にとっては、「将来に明るい希望」を持てるかどうかに関連するだろう。今後、政策課題となることを願いたい。
武藤香織(東京大学医科学研究所公共政策研究分野教授)[こども未来戦略][環境曝露]