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【識者の眼】「総論なき“血清療法”」一二三 亨

No.5223 (2024年06月01日発行) P.66

一二三 亨 (聖路加国際病院救急科医長)

登録日: 2024-05-13

最終更新日: 2024-05-13

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2024年は北里柴三郎イヤーですので、今回は北里柴三郎先生の“血清療法”の総論としての存在(アイデンティティ)についてお話しします。

先生方は学生時代や研修医時代、さらにその後の医師人生において、“血清療法”というカテゴリで、または章立てで、あるいは項目立てで、どこかで、何かの機会で学ぶことがございましたか? 答えはNOではないでしょうか? 少し質問の意味がわかりにくいかもしれませんので、抗菌薬療法を例に挙げます。抗菌薬療法の総論として感染臓器の同定による起因菌の想定、患者背景因子、および抗菌薬の特性や副作用などを学びます。いきなり大腸菌による腎盂腎炎、肺炎球菌性肺炎といった各論を学ぶのではなく、必ず総論があります。

では、“血清療法”はどうでしょうか? 破傷風、マムシ咬傷の各論は存在しても、私の知る限り救急、集中治療、内科(感染症を含む)の教科書にこの“血清療法”の総論としての記載はありません。なぜ“血清療法”というカテゴリが現代には存在しないのでしょうか? それは“血清療法”が、自然毒に対するものと感染症に対するものと大きく2つにわかれることが大きな原因です。そもそも北里柴三郎先生が、1890年にジフテリア、破傷風に対しての“血清療法”を開発したことから始まっているように、抗菌薬のない時代には“血清療法”は細菌感染に対する画期的な治療法として使用されていました。しかし、その後抗菌薬の開発により、自然毒のほうにその治療対象がシフトしていきました。現在でも、臨床医に最も馴染みがあるのは、毒ヘビ咬傷に対する“血清療法”であり、マムシ抗毒素、ハブ抗毒素が有名です。感染症に対しては、感染した細菌が放出する毒素を中和するようなイメージで、現在もガス壊疽、ジフテリア、ボツリヌス抗毒素が国有品として存在します。また破傷風抗毒素も存在します。ただ、抗菌薬との併用がスタンダードです。

自然毒と感染症、いわば中毒と内科のGap領域に“血清療法”が現在位置することがこのカテゴリとしてのアイデンティティの問題だけではなく、たとえばメインの学会は中毒学会なのか感染症学会なのか、科研費の応募の際のカテゴリは何になるのか、そもそも国立感染症研究所の範疇(感染症を担当するという原則)と言えるのかどうか、実はある1つの領域に学問体系が位置していないということは様々な問題を引き起こします。

先生方の多くは北里柴三郎先生が考案された“血清療法”を蛇咬傷や破傷風診療においてこの現代でも実臨床で行っている確かな経験をお持ちではいるものの、“血清療法”は縁のないもの、過去の治療として何か別世界として考えられていることがあるかもしれません。私は、抗菌薬療法や抗がん剤治療と同様に、“血清療法”が総論的なところからまず医療者に理解されるよう啓発活動を行うとともに、各論での血清の効果をより明確に世界に発信して、“血清療法”そのものの価値を高めていきたいと思っています。

一二三 亨(聖路加国際病院救急科医長)[カテゴリ][自然毒][感染症]

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