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【識者の眼】「人生最初の1000日の大切さ」中村安秀

No.5231 (2024年07月27日発行) P.60

中村安秀 (公益社団法人日本WHO協会理事長)

登録日: 2024-07-11

最終更新日: 2024-07-11

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妊娠中の期間(270日)と子どもが生まれてから2歳までの期間(365×2=730日)を合わせた「人生最初の1000日」が、いま世界で大きな注目を集めている。卵子と精子が合体してから2歳に至るまでの人生の最初の時期は、成長や発達に関して最もダイナミックな変化を遂げると同時に、身体的にも社会的にも最も脆弱な時期である。

2024年5月に、フィリピン共和国マニラで「第14回母子手帳国際会議」が開催された。会議のテーマは「Safe Beginnings(人生の安全なスタート)」。

フィリピンでは、2018年に「母子の健康と栄養に関する法律」が施行され、乳幼児(0〜2歳)の成長と発達を促進し、栄養状態を改善することをめざしている。保健省と農務省などが協働して、国や地方の行政が「最初の1000日」プログラムを制度化し、人生の安全なスタートを保障するための官民連携が始まった。

この「最初の1000日」では、助産師、産科医、看護師、保健師、小児科医、栄養士など多くの職種の医療者が関わる。妊娠中の健診、分娩介助者による出産、出産後の新生児ケア、母乳をはじめとする適切な栄養、予防接種、乳幼児健診など、保健医療ケアの内容も多岐にわたる。小児発達学の視点からは、2歳の子どもは体重約11kg、身長約85cmと身体的には小さいが、脳重量は成人の約80%にも達している。

Developmental Origin of Health and Disease(DOHaD)によれば、胎児期から出生後の低栄養などの環境因子が、成長後の健康や疾病の発症リスクに影響を及ぼすと言われている。また、幼少時に重篤な虐待を受けた場合には、劣悪な環境が身体的心理的な発達に影響を及ぼすことが知られている。まさに、人生の安全なスタートが切れるような環境整備をめざすための「最初の1000日」というスローガンであった。

「最初の1000日」の間は、両親だけでなく、祖父母やコミュニティが治療やケアに関わることも多く、伝統的な慣習や文化の影響を色濃く受ける時期でもある。たとえば、フィンランドでは、妊娠期から就学前までの子どもの健やかな成長発達をひとりの担当者が中心になって支援を行うネウボラ制度がある。日本では、里帰り分娩や両親の転勤などがあっても、妊娠中から出産、子どもの健診や予防接種記録が、母子健康手帳の記録を見れば把握できる。一方、妊娠中に医療機関を受診していない場合にリスクが高いことが知られており、全国妊娠SOSネットワークやいわゆる「赤ちゃんポスト」など、善意と熱意に基づいた市民団体や民間病院による草の根からの支援活動が行われている。乳児死亡率が世界でも最も低い国の1つではあるが、日本においても「最初の1000日」の大切さに国や行政が積極的に関与し、だれひとり取り残されず人生の安全なスタートが切れるようにセーフティネットを広げる必要性は高い。

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