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【識者の眼】「医師の面接指導におけるブレーキの見きわめ」黒澤 一

黒澤 一 (東北大学環境・安全推進センター教授)

登録日: 2024-07-29

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私どもの教室が運営する産業医の基礎および生涯研修会は毎年の恒例行事となっており、先日も大学の講堂を利用して開催したばかりだ。講師を務めて頂いた先生方および受講を希望してくれた多数の先生方には感謝しかない。

プログラム中、小生は医師の働き方改革で行われる面接指導の実際について講義した。厚生労働省のマニュアルに沿って解説したが、本来、それらは健康状態等を把握する目的であり、つまりは、過労死に至りそうな医師を見逃さない手段である。したがって、元々の目的を取り違えて所定項目の確認にばかり気をとられたり、アリバイ的な面接になったりしたら、目的の大事な部分を達成できない。講義では、知識を表面的に伝えるよりも、産業保健的な核心部分を伝えることに心を砕いたつもりだ。

たとえば、よくある話、過労死ラインをはるかに超えた長時間労働を毎月繰り返しているような医師が面接で自分のことを「大丈夫です」と言ったりする。聞き手として受容はするものの、冷静な心の中では疑ってかからなくてはいけない。面接する側にあるべき姿だろう。マニュアルでは、疲労蓄積の程度や睡眠負債の程度を確認することになっており、加えて、バーンアウトなどを評価する。実際の場面では、話しぶりや表情などを加味し、「大丈夫」が本当かどうかを総合的に判断することになる。医師としてのセンスや勘に加えて、面接の経験の積み重ねが判断の精度を上げるだろう。

ところで、今回の研修会でアルコール依存症についての講義があった。毎日浴びるほど酒を飲むというのが依存症の私のイメージだったが、一概にそうではなくて、ブレーキのこわれた車のようなものだという。つまり、アルコールを飲み始めると止まらないということらしい。ちょっと一杯のつもりで飲み始め、いつの間にかハシゴしていて、気がついたら駅のホームでごろ寝していたというのは、植木等さんが歌ったスーダラ節だったが、最後に開き直って、「わかっちゃいるけどやめられない」。自分をコントロールできないことがアルコール摂取に関わる障害の本質なのだ。喫煙も似ている。健康に悪いと知ってやめようと思っても、禁煙はむずかしい。自らの喫煙行動の自制喪失がニコチン依存症の特徴の1つだ。

長時間労働を繰り返していても、面接のときに話が通じてお互いに冷静に意見交換できるようだったら、リスクを必要以上に高く見なくてもよいかもしれない。しかし、ブレーキがこわれているなら話は別だ。いろいろな場合が想定される。倒れるまで働き続けるのではないかとこちらが心配してしまうような人が、自分を見失っていたり冷静に意見交換できないような状態だったりしたら尚更だ。下手な指導では、「余計なお世話」と冷たく言われたり、あるいは感情的に逆切れされたりしても仕方がない。めざすところは、自分から気づいてもらうところなのだが、面接を担当する医師が単独で解決することはむずかしいだろう。産業医との連携や医療機関側の判断のプロセスを含めた組織としての対応が必要だ。不幸な転帰や不慮の事故を契機として初めて対策が行われた、などという後追いする対応となることだけは避けなければならない。

黒澤 一(東北大学環境・安全推進センター教授)[医師の働き方改革][依存症][産業医との連携]

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