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【識者の眼】「非感染性・慢性疾患の疫学者が語る『撤回論文の問題点①』」鈴木貞夫

No.5238 (2024年09月14日発行) P.62

鈴木貞夫 (名古屋市立大学大学院医学研究科公衆衛生学分野教授)

登録日: 2024-09-02

最終更新日: 2024-08-30

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本欄で2024年5月(No.5221)と6月(No.5226)に取り上げた宜保氏らの論文(日本語訳「日本におけるCOVID-19パンデミック時のmRNA─脂質ナノ粒子ワクチン3回目接種後のがんの年齢調整死亡率の上昇」。以下、宜保論文)1)が、掲載誌Cureusから撤回処分となった。撤回理由は、「死亡率とワクチン接種状況の関連は、論文で示されたデータでは証明できないと判断した。これにより論文の結論は無効となり、撤回を決定した。著者らはこの撤回に同意していない」とある。それに対して著者のひとりは「私が共著者である重要論文が、外部からの圧力によって先ほど強制的に撤回処分となった」2)と認識している。いずれにせよ、論文撤回の処分はきわめて重いものである。ここでは、この論文の事実関係と問題点について、宜保論文の和文翻訳(以下、翻訳版)と掲載された臨床評価誌を資料として、疫学、統計学以外の3つの観点から述べてみたい。

まず、この論文は、私が3月時点で書いた通り、査読誌の出版前から問題点が指摘されていた。それに対して、臨床評価編集委員の栗原千絵子氏は巻頭言で、本号掲載の翻訳版は、「日本が貢献できるのは、(ワクチンの)安全性情報の分析ではないか」、「重篤な健康被害に対する補償措置という社会課題も、政策立案と実践を革新する好機なのではないか」という「問いへの解答の1つとして目覚ましい成果を示している」と絶賛している。宜保論文が撤回処分となった今、栗原氏はこの巻頭言の意図について説明する責任がある。

2つ目は、謝辞に「統計解析の手法についてご指導頂いた」とある京都府立医科大学の手良向聡教授である。統計解析の専門家が、自分の行った解析や指導が、どのように論文に反映されるかを知らないということはありえない。現職の医学部教授が撤回論文に、なぜ、どのように関わったのか、また、解析や指導の具体的な内容について納得のいく説明が必要である

最後は、翻訳版の訳に携わった平井由里子氏(株式会社MCL)である。彼女はプロの翻訳者であり、翻訳版に宜保論文との翻訳上の齟齬があれば、第一義的には、彼女の責任と思われる。齟齬は翻訳版83ページの結論部分「統計学的に有意な超過死亡」というところだが、宜保論文では「statistically significant increases in age-adjusted mortality rates」となっている。超過死亡は「excess mortality」であり、完全な誤訳である。MCLの代表取締役である平井氏は、MCL社創業時に翻訳顧問の医師が考案した品質確保のための「医薬翻訳十箇条」を紹介しているが、特に第6条「訳語選択の際には、それでなくてはならない訳語を選択すること」に明確に違反している。この誤訳がどういう経緯でなされたのか、誤訳の目的と主体について、責任ある説明が求められる。

学術の世界では、厳然とした専門がある。専門外の発言は節度を持つべきだし、専門であれば責任を持つべきなのは当然だ。学問上の表現の自由は、専門家としての責任の上に成り立っていると考える。ここで挙げた3氏は、速やかに説明責任を果たすべきである。

【文献】

1)Gibo M, et al:Cureus. 2024;16(4):e57860.

2)Xでの藤沢明徳氏の発言.
https://twitter.com/Papa_Cocoa_Milk/status/1806002658878365870?ref_src=twsrc%5Etfw%7Ctwcamp%5Etweetembed%7Ctwterm%5E1806002658878365870%7Ctwgr%5E07ab41cc23f99983eeb653b7c37e776045d50551%7Ctwcon%5Es1_&ref_url=https%3A%2F%2Fameblo.jp%2Fdrminori%2Fentry-12857772229.html

鈴木貞夫(名古屋市立大学大学院医学研究科公衆衛生学分野教授)[論文撤回

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