社会には次々と新しい「モノ」が登場しています。モノといっても、近年はテクノロジーそのものや概念などを指すことも多く、なかなか理解が大変です。手にとって姿・形を確認できるようなものばかりではなく、呼吸をひとつ整えて馬力を出して理解をしにいかないと太刀打ちできないことも多くなりました。
難しいものには、わかりやすく説明してくれる専門家がいれば助かります。複雑な保険契約や金融商品を買うときもそうです。必要にして十分な説明を受けないと、自分が望む方向へ向かっているのかどうかも、わからなくなることがあります。
医療に関する説明はその最たるものでしょう。患者は、自分の生命・健康という最も大切な価値(の一部)を、眼前の医師に委ねているわけですから、この場面で、専門家の説明がいかに重要であるかは明らかです。
私は日常的に医療過誤に関する相談を受けていますが、一定の割合で「説明義務違反」に関する質問を受けます。
法的な意味での説明義務違反の内容を説明した上で、ご相談のケースにおける違反の有無について弁護士としての見解をお伝えするのですが、稀に、相談者から「ここまで話をしておけば、説明義務違反にはならないのですね」と言われることがあります。少し気になって、その発言の趣旨をたずねてみると「どのラインを超えていれば訴えられないかを知りたいので」と返ってくるのです。
もちろん、相談者にも事情があるでしょうし、その動機や目的を否定しません。紛争を回避したいという気持ちはよくわかります。ただ、このようなとき、私は、「法的に義務違反にあたるかどうかを念頭にする説明では、絶対に足りない」と伝えるようにしています。というのも、説明義務違反の判断はあくまで個別具体的な事例の判断ですから、前提事情が変われば結論も変わります。ですので、明確な線引きを一般化してお伝えすること自体できません。このあたりを誤解している先生もおられますので、正確な理解をしてもらうように努めています。
その上で「先生がお知りになっている医学的な根拠と見通しを、副作用や合併症の点も併せて丁寧にご説明なさると大丈夫ですよ」ともお伝えしています。臨床現場で奮闘される先生方に敬意を表し、実際にも強くそう思うものですから、このようにお伝えしています。しかし、逆にいうと、提供する医療行為の根拠や悪しき結果発生の可能性等について十分に勉強されてこなかった、あるいは、それらを軽んじてきた先生方には厳しい注文になるかもしれません。
その意味では、説明義務を果たすということは、医師としての経験値・総合力が試される場面でもあるといえそうです。
浅川敬太(梅田総合法律事務所弁護士、医師)[法律][専門家][義務違反]