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【識者の眼】「ウェルビーイングと働き方改革」黒澤 一

黒澤 一 (東北大学環境・安全推進センター教授)

登録日: 2025-03-06

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ウェルビーイングは1948年のWHO憲章前文の、健康の概念を宣言した文章に登場した。元をたどれば16世紀頃のイタリア語らしい。最近ではSDGsにも出てくる。主観的ウェルビーイングは幸福度のようなものを表すと考えられ、その尺度が学問的に開発され、様々な要因との関連が報告されている。いわく、健康でポジティブ、視野が広く、多種多様の人とつながっていて、共感力があり、利他的で、協調性があり、楽観的で、感情のコントロールができて、冷静であり、自律的で、自分のありのままに生きようとする、等々。

ウェルビーイングは福祉や幸福、健康など、様々な日本語で表現されている。その人にとって本当の意味で持続的によい状態、とでも言ったらよいのか。一言で表そうとしたら、日本語を探すのに苦労する。WHO憲章の前文では、身体的、精神的、社会的な観点のウェルビーイングを健康の概念と結びつけている。身体的に満たされていても、精神や社会性に不足の点があれば健康にはあたらない、とは誰もが知るところとなった。

メンタルヘルスは、いまや、産業保健の難題の1つといって間違いない。ストレスを抱えながら働いている多くの労働者がいて、労働生産性の低下や欠勤・退職につながっている。企業と契約する産業医には、メンタルヘルス不調者へ対応する頻度が増えるばかりだ。メンタルヘルス不調に陥った労働者の精神的なウェルビーイングは損なわれており、回復しても再燃を繰り返したりしやすい。少子高齢化や働き方改革などの社会背景の中、ウェルビーイングの視点が何かの解決のヒントにならないか。

東北大学病院では2022年、当時の病院長の発案で『「ウェルビーイング」宣言』を行った。東日本大震災やコロナ禍の教訓から、病院で働く職員が心身ともに健康な状態でなければ質のよい医療はできない、との考えに至った。医療従事者が健康であることは、医療ミスなどを防ぐ観点からも大切だ。幸せが人から人に伝染するように、医療従事者が身体的、精神的、および社会的にウェルビーイングであることが患者や家族のウェルビーイングとして伝播するならうれしい。

ところで、宣言はしたものの、どうすればウェルビーイングになるかが問題だ。人材や経営に余裕があるわけではない。地域医療への貢献、研究と教育も怠ることはできない。医師の働き方改革にも対応しなければならない。わが国の地域医療は、これまで長い間、医師の長時間労働を前提にしており、ウェルビーイングの観点は薄弱だったと言って間違いない。

このような中、医師のウェルビーイングをいたずらに持ち出すのは無責任かもしれない。地域医療との両立には、地道なアプローチが必要だろう。やりがいとか幸せとか歯の浮くような言葉を言うのは簡単だが、具体的にどういう状況をつくったら医師の身体的、精神的、社会的な健康が満たされるのか。仕事に前向きでポジティブになれるようにするにはどうしたらよいのか。ウェルビーイング宣言はそのベクトルをそろえるものであり、今後の模索のほんの手始めに過ぎないのだと思う。

黒澤 一(東北大学環境・安全推進センター教授)[産業医][働き方改革ウェルビーイング

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