(概要) 今後の診療報酬の評価について「モノから技術へ、薬から食事へ」の転換を主張する厚労省官僚がいる。診療報酬を担当する保険局の幹部、武田俊彦氏にその真意を聞いた。
─まず「モノから技術へ」の意味を教えて下さい。
モノの代表例は薬、医療機器です。医療費の中で薬剤・医療機器の割合は、薬価引下げによりかなり適正化してきた歴史がありますが、この10年ほどは比率が上昇しています。今後も薬をたくさん出すと診療報酬上の評価も高くなることを志向するよりは、もっと、医師や薬剤師の技術の評価を重視したほうがいいのではないかと考えています。
今後は人口の高齢化が進みますが、高齢者の医療は若い人の医療と考え方が変わります。これは大臣直轄の有識者懇談会の政策提言『保健医療2035』にも書いてありますが、高齢者になると “キュア”より “ケア”の発想が大事になる。薬や医療機器を使って治す医療から、患者さんに寄り添い支えていく医療を重視しなければならない。
●かかりつけ医と薬局で多剤投与の防止を
6月に『骨太の方針2015』が決定しましたが、これに先立つ5月26日、塩崎大臣が中長期的な重点施策をまとめ経済財政諮問会議に提出しています。ここでは、多剤・重複投与防止、残薬解消にかかりつけ医と薬局が一緒に取り組み、薬物療法の安全性・有効性を向上させる期待を記しています。
過去10年間、医療の専門分化が進んだことで、患者さんが複数の医療機関、薬局にかかって結果的に多剤投与になり、その影響で体調が悪くなったり、飲みきれずに残薬が発生しているのではないかという問題意識があります。その反省を踏まえ、今後は、かかりつけ医、かかりつけ薬局に一元的に薬を管理していただきたい。モノ代を適正化できれば相当財源は浮くはずなので、その分、医師や薬剤師の技術を評価することができるのではないでしょうか。
先日、中医協で75歳以上の3分の1が10剤以上投薬されているというデータ(次頁図)をお示ししましたが、おそらく、こうした実態は善意の積み重ねだと思います。患者さんが症状を訴えれば、処方する。専門が異なる他の医師の処方を尊重する。これを続けると薬が増えるばかりなので、一度立ち止まって処方薬を見直す仕組みをつくりたいですね。
●MRには高齢化時代らしい情報提供を期待
─多剤投与への問題意識を伺いましたが、今後、製薬企業に期待することはありますか。
医療界全体が地域包括ケアの構築に進んでいることを踏まえ、高齢化時代における薬の情報提供のあり方を考えていただきたい。
製薬企業の薬のデータは、若い健常人が試験薬のみを使用した時のデータが基本ですが、薬の多くは高齢者が使用しています。現在、製薬企業はプロモーションのあり方が問われています。MRにノルマを課すのは企業の論理としてはあるのかもしれないけれど、本来の役割である医薬情報担当者として、高齢者のために必要な情報提供をお願いしたい。
●フレイル対策で健康寿命を延伸したい
─次に、「薬から食事へ」について教えてください。
諮問会議提出資料の中で厚労省は、日本老年医学会が提唱する「フレイル」の対策を打ち出しました。フレイルとは、加齢とともに筋肉や認知機能など心身の活力が低下し、生活機能障害、要介護状態、死亡などの危険性が高くなった状態のことです。フレイルは適切な支援により改善可能なので、栄養指導の強化による疾病・介護予防を期待しています。
─食の支援は生活習慣病全般に必要ですが、当面は高齢者に力を入れるのでしょうか。
普遍的テーマだと思いますが、当面は高齢者です。これまで厚労省は予防対策としてメタボリックシンドローム対策に力を入れてきましたが、特定健診・保健指導の対象は74歳まで。75歳以上の方にどのようなサービスが望ましいのかという視点が足りませんでした。そこで専門家に伺うと、低栄養がフレイルを経て疾病や要介護につながるという。
さらに専門家からは、多剤投与が高齢者の生活の質を下げているという実態も勉強させていただきました。薬を減らすことで、認知症のような症状が治まり、食欲が出て健康状態が良くなる事例が多数報告されています。医師や薬剤師が薬を一元管理し、管理栄養士が高齢者にふさわしい食の支援を行うことで高齢者に元気になってもらい、それが医療費適正化につながるなら、厚労省としてやらない手はないだろうし、それは経済財政諮問会議や『保健医療2035』の予防重視の路線にも沿います。
─平均寿命と健康寿命の差、つまり要介護状態の期間は男性で9年、女性で13年。長いですね。
はい。いかに健康寿命を延ばすかが大事です。それにはできるだけ自分の口で食べるという目標が分かりやすく、かつ重要です。胃ろうの問題が典型的ですが、今まで医療現場では医療的処置が中心で、食の支援はあまり重視されていなかったように感じます。それを少しでも方向転換したいですね。
●骨太方針、厳しいことは事実
─ところで、『骨太方針2015』では、「社会保障関係費の伸びを高齢化による増加分と消費税率引上げとあわせ行う充実等に相当する水準におさめることを目指す」として、3年間で1.5兆円という伸びの目安が示されました。これに二木立氏は本誌連載(第4760号)で「医療費増加の主因は人口高齢化ではなく医療技術の進歩であるという医療経済学の常識に基づくと、技術進歩による医療費増加を認めない骨太方針2015は史上最も厳しい医療費抑制方針」と指摘しています。どう考えますか。
社会保障・税一体改革では、医療費の伸びを高齢化が1%、医療の高度化は2%で推計しました。ただ、骨太方針には“相当”という文言が入っていますし、後発品の使用促進、7対1病床の削減などによって高度化分の医療費が圧縮できれば、その分、他に充当できますので、高度化をすべて認めないわけではありません。しかし、厳しいことは事実。
それでも、我々としては年末の予算編成に向けて「必要なものは必要」と議論していくしかありません。一体改革で明示した地域包括ケア、医療の機能分化、チーム医療の推進は、当初予定していた消費税10%の税収が見込めない来年も実行しなければならない。財源の問題については、「モノから技術へ、薬から食事へ」という思想の中で何とか工夫できないかと考えています。
【記者の眼】現場医師との交流に積極的な武田氏。ある講演での「現場のニーズに追いつく政策をしたい」との発言にも現場主義が表れる。なおフレイルには厚労省も注目。日本と同様に人口高齢化が進むフランスは、国家戦略としてすでにフレイル対策に乗り出している。(N)