【概要】日本老年医学会学術集会が8~10日、石川県金沢市で開催された。学術集会では、同学会がここ数年で発表し、反響の大きかった高齢者向けガイドラインの解説や認知症研究の最新知見などが報告された。
〈ガイドライン講習会〉
■■薬物リストは「スクリーニングツール」
日本老年医学会は高齢者を対象としたガイドラインや提言を数多く発表しており、8日にはそれらの正しい理解と適切な活用法についての講習会が開かれた。中でも注目を集めたのは、昨年10年ぶりに全面改訂された『高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015』だ。
同ガイドラインは、高齢者のポリファーマシー(多剤処方)による有害事象が多いことを踏まえ、秋下雅弘氏(写真、東大)が中心となり策定。ポリファーマシーを避けるためには処方の優先順位をつけることが重要なため、抗コリン薬やベンゾジアゼピン系睡眠薬・抗不安薬などを中心とした「特に慎重な投与を要する薬物のリスト」と「開始を考慮するべき薬物のリスト」をまとめ、「高齢者の処方適正化スクリーニングツール」として公表した。
秋下氏は、東大病院老年病科の入院患者2412人を対象に多剤併用と薬物有害事象の相関を解析した結果を踏まえ、ポリファーマシーの目安を「6剤以上」に設定。その上で、ポリファーマシーを避けるためには、①エビデンスの妥当性、②対症療法の有効性、③薬物療法以外の手段、④処方の優先順位─について検討を行うことが必要と指摘し、これらの判断の際に、上記の「2つのリストをスクリーニングツールとして活用してほしい」と述べた。
●2つのリスト=禁忌薬との誤解を懸念
しかし、2つのリストは発表後、一部で“飲んではいけない薬リスト”などとして報道された。これを踏まえ秋下氏は、「リストはあくまで高齢者医療の質を高めるためのスクリーニングツール。適切な医学的判断に基づいて処方する場合は問題ない」と改めて説明。しかし、患者が誤解しているケースが多いことから「リストの狙いを正しく理解した上で、周知してほしい」と訴えた。
また、ポリファーマシーの考え方についても、患者の状態に応じて柔軟に対応する必要があると指摘。「6剤以上というのは1つの目安。すべて医学的に必要なら10剤でも削減の必要はない。過小医療になってはいけない」と述べた。
●AHNのGLは「考えるプロセス」の指針
このほか、12年に発表された『高齢者ケアの意思決定プロセスに関するガイドライン─人工的水分・栄養補給(AHN)の導入を中心として』を巡っては、会田薫子氏(東大)が講演。「いのちについてどう考えるか」など臨床倫理の要素を盛り込んだ同ガイドラインは「マニュアルを示しているのではなく、どうあるべきかを考えるプロセスを示したもの」と説明した。
会田氏はガイドライン発表前後の07年と12年のアルツハイマー型認知症の終末期患者に対するAHN実施率の変化について、胃ろうは33%から11%、経鼻胃管は31%から15%にとそれぞれ減少したという調査結果を報告。超高齢社会の医療者に求められるのは、「ナラティブメディシンの視点に立ち、患者とともに人生を豊かに過ごすために医療技術をどう使うかを考え、判断すること」と述べた。
〈認知症研究の最新知見〉
■■タウイメージングの活用に期待
認知症研究を巡っては8日、アルツハイマー型認知症(AD)の代表的病理像のタウ蛋白とアミロイドβ蛋白(Aβ)の蓄積に関する最新知見が示された。
工藤幸司氏(写真、東北大)は、 画像化(イメージング)技術の進歩により「Aβの蓄積量は『臨床的認知症尺度』に相関を示さないことが明らかとなっている」と説明。「AβはADの臨床症状の出現に必要ではあるが十分条件ではない可能性がある」と指摘した。
一方で、タウ蛋白のイメージングが可能になりつつあり、複数のプローブが開発されていると紹介。タウはAβが発現すると病理像が進展することから、両者を拳銃の引き金(Aβ)と弾(タウ)に例えた。
工藤氏はこうした知見を踏まえ、タウイメージングにより、「ADの発症前高リスク者の抽出やADの重症度(進行度)の診断が可能になる」と述べた。
●「Aβを標的とした戦略、間違いではない」
一方、柳澤勝彦氏(国立長寿医療研究センター)は認知症を発症していない高齢者にAβ産生を抑制する遺伝子変異が見つかっていることなどを踏まえ、「Aβの蓄積がAD発症の決定要因と考えられる」と述べた。
その上で、認知症治療薬は全疾患の中でもアンメットメディカルニーズが最大であることを紹介。「これまでのAβを標的としてきた戦略に間違いはなかったが、AD発症後の患者にAβを標的とした治療を実施することは適切でなかった」とし、病理的変化を捉え発症前や初期に治療を開始する先制医療の重要性を強調した。
こうした状況から、柳澤氏はノーベル化学賞受賞者の田中耕一氏(島津製作所)と共同で、田中氏の質量分析という手法を使い、血液からAβ関連ペプチドだけを抽出する血液バイオマーカーの開発に取り組んでいることを紹介。また、Aβを標的とする薬剤の開発については、「5年後には臨床研究を開始したい」との見通しを示した。
〈高齢社会への対応〉
■■「第二の社会活動」普及で医療費適正化を
9日には日本学術会議との共催で「活力ある超高齢社会を展望する」と題したシンポジウム(写真)が開催。中でもフロアからの反響が大きかったのは、経済産業省ヘルスケア産業課の江崎禎英氏による講演だ。
江崎氏は、医療費問題を解決するには、60歳以降の「第二の社会活動」を魅力的なものとする価値観の醸成が重要と指摘。その上で、「生涯現役として緩やかに社会と関わりを持ち、地域の社会活動と一体となって社会参加を促す仕組みを構築することで、これまでコストだった部分が『健康需要』として資源に変わる」との自説を展開した。
また、江崎氏は「(年間で)医療費10兆円が生活習慣病対策など病気でない人に使われている。うちヘルスケアマーケットとなるのは4兆円。マーケットが構築できれば1兆円の医療費が不要になる」との試算を示した。また、「特定健診を受けていない2800万人のうち470万人が今すぐ病院に行かなければいけない人。この470万人への支援を行わなければ医療費は適正化されない」と訴え、「こうした取り組みを進めていけば消費税率の引上げは必要なくなるが、このままならば25%まで上げても破綻する」と述べた。
シンポの司会を務めた大島伸一氏(国立長寿医療研究センター)は、「非常に刺激的な話だが、うなずける部分も多い」とコメント。「10年前と比べると政府が高齢化対策に本気で向き合っていることが実感できる。もはや賽は投げられた。我々専門職能集団が、地域全体で治し支える医療を構築できるかに日本社会の未来はかかっている」とまとめた。